2002年5月1日水曜日

2002年5月1日(水)

石巻市、相馬市、いわき市の東北3ヵ所をソロ.ツアーして東京へ戻ってきたと ころ。
なんか最近、地方でのソロライブがやたらと盛り上がる。
昨日のいわき市ソニックでのライブも弾き語りにかかわらず踊り出すお客がいた り、女子がキャーと叫びよるから、さらにアドレナリンがでたね。そう、ダ ニー・ハザウェイのライブみたいな感じ。客席も一緒に歌ったりしてね、教会で ゴスペル歌って盛り上がってるような感じにも近かった。
この3日間、なんかが降りてきてた。はまった。で、ちょ?やばいとも思っ た。
俺なりにすかしたり、かわしたりしようとはしてたけれど、笑えない部分でお客 と波長が合いすぎる瞬間があって、後でちょっと怖いなと思った。 泣きたい人は笑わせたい。笑いたい人は泣かせたい。

最近、納得がいかず、腹立ってることが多いんやけど、この3日間はその感情を うまいこと昇華できた。いろんな人に会って、皆それぞれ素敵な感性を持ってい ることを実感できた。 期待していないことが、伝わっていたりして嬉しかった。

「芸術とは怨念である。」と言った小説家がいるらしいけど、自分は今まで、そ ういう感情とは、あまりちゃんと向き合ってこなかったかもしれない。 俺が創作活動を続ける限り、この「怨念」とやらが消えることはないだろう。 だって、すぐに理解されても困るしね。理解されない限り「怨念」は残ってゆく わけで。
こういうことを言うのははじめてやけど、俺はヘルツがあまり多くに伝わらず、 理解されないまま活動停止することが、今だに割り切れず、腹立たしい。 多分、ラスト.ツアーは皆の想いが凝縮されてハッピーに終わるとは思うけど、 割り切れない気持ちはどっかに残るやろな。
ヘルツの活動が停止しても俺はこれから、残された作品で、ヘルツの評価を上げ てやろうと思う。だから、その前に自分にたいする評価を上げんとね。
今後、もし俺が素敵にかっこよく軽い感じで歌っていたら、きっとそれは「怨 念」という燃料が燃えているからやよ。あれは、よう燃えるで。「憎しみ」も 「愛」も「憂鬱」も「怨念」もすべて、美しく燃やしてやる。 さあ、もうすぐヘルツのラストツアー。

2002年4月15日月曜日

2002年4月15日(月)

昼の2時からJ-WAVEでヘルツのスタジオライブ録り。
その後、ソロに関する打ち合わせを少し。そこで気持ちが疲れた。
気をつかってる自分がやな感じ。なんで俺が調停役やねん? バランスばっかりとってたらあかんわ。

本来、わがままなはずの俺がそうなられへんのは、なんでやねん? これを打算って言うの?俺が切れたら終わってまうやん。
一番大事なんは何? そればっかり優先してたらワイルドが消えてゆくよ。 おまえはそないに器用か?
そんな思いで六本木通りの歩道にたたずんでおったまさにその時、「リクオさ~ ん、リクオさ~ん。」と恥ずかしくなる程に馬鹿でかい男の声が車道から聞こえ てきた。 振り向けば走る車の窓から身を乗り出しておもいっきり手を振る奴がいる。シン ガーソングライターの東野純直君だった。まるで音信普通の兄貴に偶然30年振 りに再会したかのような興奮振り。無我夢中。 「アホや、あいつ。」 俺は思わずそうつぶやきながら、彼が消えてゆくまで手を振り続けた。 ほんの数秒の出来事だった。 東野、最高。

先日の札幌コロニーでのライブは弾き語りにもかかわらず、フロアはスタンディ ング形式。これ、大正解。俺の弾き語りは踊れるもん。 狙い通りお客さん、気持ちよさげに揺れてました。
俺の最近のステージでの口癖がリック.フレアーばりの「フゥ~!」という奇 声。この日のお客さんはわかってらして、俺が「フゥ~!」と叫べばすぐに 「フゥ~!」で返し、一曲がいい感じで終わる度に「フゥ~!」でこたえてくれ た。軽い感じでいいね!
札幌以外の皆さんも「フゥ~!」よろしく。

2002年3月27日水曜日

2002年3月27日(水)

寒が戻ったままです。 今日はライターでミュージシャンもやってる和久井さんのレコーディングに参加。
サニーデイサービスの「Baby Blue」を2人でデュエットしました。ちなみに和久井さんは巨漢の男性。

2002年3月26日火曜日

2002年3月26日(火)

今日もソロ作品のレコーディング。 主にピアノ録り。
やっかいな楽器やね、ピアノは。出来ることが多すぎんねん。持て余すわ。 一曲、結構てこずった。しばらく試行錯誤してたら、インスピレーションが湧い てきた。音数減りまくり。俺はジョビンか? いやこれは俺や。
夜中に部屋に戻ったら辻元議員の辞職記者会見をテレビでやってた。 政治家にしては面 の皮が薄い人やなあという印象。

2002年3月25日月曜日

2002年3月25日(月)

寒の戻りです。 「三寒四温ちゅうてな」と亡くなったおじぃちゃんが俺によく言ってたなあ。
この日のレコーディングはアルコールが残っていてつらかったっす。 でも順調。

2002年3月24日日曜日

2002年3月24日(日) the Herz at 下北沢・Club Que

メンバーもお客も弾けたね。ヘルツのライブでジャンプしてるお客を久し振りに観たなあ。やっぱ、あの曲は盛りあがんね。
この日は本番前のステージのセッティングでモニターの位置などを工夫して寺さ んの動けるスペースを広くするようこころがけた。寺さん、俺の意図を理解して 本番では所狭しと暴れモード。イエ~イ!!

打ち上げでは語りモード。ヘルツのメンバー&スタッフが帰った後も、対バン だったオグラ君と、この日のライブを観に来てくれた「たま」の知久君らと夜更 けまで飲む。
どういう流れだったのか、話題がハイロウズの「千年メダル」という歌のことに なった。3人ともいい歌だと思っているのだが、オグラ君が「あんなに純粋な歌 はないよ。」などと素直に語るので、俺と知久君は「あんなに女たらしな歌はな いよ。」という意見で対抗。でも、これは褒め言葉やね。

2002年3月23日土曜日

2002年3月23日(土)

「ホ~ホケキョ!」というウグイスのさえずりで目が覚めました。
春やね。 夕方からヘルツのリハーサル。 通しリハをやったら汗かいた。燃えた。声も枯れた。