2018年6月14日木曜日

時代の無意識が向かう先 - RADWINPS「HINOMARU」を聴いて考えたこと

RADWINPSを「HINOMARU」という曲を聴いて、色々と考えさせられている。
曲を聞く前にまず、作者の野田氏がリリースにあたってツイッター上で発表したコメントに目を通した。そこには、「日本に生まれた人間として、純粋に何の思想的な意味も、右も左もなくこの国のことを歌いたい。自分の国を好きと言える自分でありたいし、言える国であってほしい」との思いが綴られていた。
https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/08/radwimps_a_23454012/

そのコメントを読んだ後にネットで曲の歌詞を検索し、すぐに曲をダウンロードして、歌詞を追いながら曲を聴いてみた。
「HINOMARU」歌詞 http://j-lyric.net/artist/a04ac97/l0469f5.html

国体思想、国威発揚の中で使用されてきた古語を散りばめた勇ましい歌詞に対しては、違和感を拭えなかった。言葉が身についていない気がした。
和太鼓をアレンジの中心にすえ、抑制の効いた寂しげな前半から後半の盛り上がりに至る劇的な展開には、高揚と一体感をもたらす効力を感じた。
作者でもある野田氏の声は、やはり魅力的だと思った。どこか憂いを含んだ歌唱がサウンドに乗ることで、この歌が孤独と一体感のコントラストを描いているように感じられた。曲を通して受け取った、一体化へのあまりにも無防備な渇望は、自分の心を不安にさせた。
メインストリームをゆくバンドが、堂々と「愛国心」歌う時代が来たのだなと思った。

曲を聴いた後に自分はFacebookに以下の文を投稿した。

『RADWIMPSの「HINOMARU」を聴いた。
単純で大きな物語に身を委ね、自身で丁寧に新しい物語を紡いでゆくことを、無自覚に放棄してしまっているように感じた。この無自覚さに、より危うさを感じる。
こんな国体思想的な言葉遣いをすることに躊躇はなかったのだろうか?気持ちが暗くなった。』

投稿に対しては、いつもより多めのコメントが寄せられて、この件に対する関心の高さがうかがわれた。それらのコメントの中に以下のような一文があった。

「薄々感じていたのですが、リクオさんて日本が嫌いですよね。」

こういう反応は想定内ではあった。
この人や作者の野田氏が指す「日本」や「国」って何なんだろうと考えた。

自分は、長年のツアー生活を通して、日本各地でさまざまな人に出会い、各地の自然、風土、文化、歴史にも触れてきたつもりだ。五感を通して、日本の豊かな多様性を発見し実感できたことで、心の閉塞から解放され、随分と救われた気がする。各地で知り合った人達との繋がりは自分の大切な財産になっている。
生まれ育った京都、長年暮らした大阪、東京、湘南に対する愛着もある。
日本各地のさまざまな街並み、自然の風景、出会った人達のことを、すぐに思い出すことができるし、それらに愛おしさを感じる。
自分の好きな「日本」は、記号ではなく具体的になった。抽象的だった「日本」の姿が、以前よりもリアルになった。そのことによって、自分が「日本」について、まだまだ知らないことばかりだとも自覚できた。

そもそも「国」という日本語は、場合によって意味合いの変わる曖昧を含んだ言葉だと思う。
歴史学者の江口圭一氏によれば、英語で「国」に該当する言葉には、land,country,nation,stateと、少なくとも四つの表現があるそうだ。landは自然的な国土、countryは人びとの集団、nationはそれの政治的統一体、そしてstateは、そういうnationやcountryに作られる政府とか、裁判所とか、軍隊とか、議会とか、地方行政機関とかを持った国家機構を意味するとのこと。
だとすると、自分はnationとstateに対しては、嫌いとか否定ではなく、一定の距離を心がけているのだと思う。それは、自分なりに過去の歴史から学んだ結果だろう。
「HINOMARU」作者の野田氏が想いを寄せる「国」は、何を指すのだろう。

国体思想を思わせる古語を使った歌詞からは、自分も含め多くの人が、国家を拠り所とするナショナリズムへの回帰をイメージした。けれど、野田氏にそのような自覚や意図はなかったようだ。
「日本人のみんなが一つになれるような歌を作りたい」という「真っ直ぐ」な想いが、本人の意図を離れ、ナショナリズムを煽るとも受け取れる曲を生み出したのだろう。
曲を聴き、コメントを読んだ上で、「そもそも、野田氏自身の中で『国』や『愛国心』という言葉に対する定義が曖昧なのでは」との印象を持った。それらの言葉がたどってきた歴史の検証に対しても無頓着なまま、「真っ直ぐ」な想いそのままに、この時代の空気の中で、曲を書き進めていったのではないかと想像する。
2年後の東京オリンピックに向けて、今後「愛国心」をテーマにした曲への需要がさらに高まってゆくのだろう。「HINOMARU」は、そういった時代の空気の中で生まれた1曲だと捉えている。

以下は、2013年12月22日に自分がFacebookに投稿した文章。

《以前、右翼の鈴木邦男氏が私にこんな事を言った。
「昔はね、自分の周りに家族があって、家族の周りに地域社会があって………というふうに、同心円を描くような形で『自分と国家』がつながっていた。今は違いますね。家族も地域社会も崩壊し、自分と国家が直接つながってるって感じの若者が多い」
ー週刊文春12月12日号 中村うさぎ「さすらいの女王」より抜粋
自分が国家と直結している感覚は、外側から自分を眺めるメタ視点の獲得を困難にし、「自分=世界」という錯覚を簡単にもたらす。アニメ用語などで使われる「セカイ系」にも通じる世界と私の一体化は、「全体主義」につながる危険な兆候であると、コラムの中で中村うさぎは指摘しています。興味深い内容でした。》

個人が大きく強い存在と直接つながることで、「他者」への想像力が欠落し、排除と敵対が増大する。劇的で大きな物語を成り立たせるためには、常に「敵」の存在を必要となる。こういった傾向は、近年特にネット上で頻繁に見受けられる。4年半を経て、鈴木邦男氏と中村うさぎ氏の言葉が、自分の中でさらに実感を増している。
自分には、こういった傾向と「HINOMARU」という曲がリンクしているように感じる。作者にとっては、不本意な受け取られ方にちがいない。

「HINOMARU」はネット上で多くの賛否をもたらし、作者の野田氏は、謝罪を含めたコメントを発表するに至った。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180611-00000009-exmusic-musi

よくない流れだと思った。謝罪に追い込まれたという見え方が、さらに対立を煽る結果をもたらすのでないかとの危惧を抱いた。
この曲を批判した人のどれだけが謝罪を求めていたのかわからないけれど、RADWINPSのコンサート会場前で発売禁止を求める抗議街宣が企画されているという話を聞いて、こういったプレッシャーが、謝罪を急がせたのかもしれないと想像した。一つの曲に対して、批判を超えて抗議行動するというのは明らかな行き過ぎで、さらなる悪循環しかもたらさないと思う。
一方で、批判を受けて発表された野田氏のコメント文の内容にも、歌詞に共通する違和感を持った。

このコメントの中で彼が最も伝えたかった内容は、「そんな意図はなかった」の一言に集約されている気がする。きっとそうなんだろうと思う。コメントを読んで、少し腑に落ちたような気持ちにもなった。「HINOMARU」から自分が受け取った最大の違和感と不安は、その意図のなさ、無意識だった。

「この曲は日本の歌です。この曲は大震災があっても、大津波がきても、台風が襲ってきても、どんなことがあろうと立ち上がって進み続ける日本人の歌です。」
野田氏のこの言葉を受けて、自分は「日本人」と一括りにする歌よりも、日本で暮らす一人一人の物語を綴った歌の方が聴きたいと思った。実際、RADWIMPSは、数ヶ月前にそのような新曲を発表しているのだ。ぜひ、この曲も聴いてもらいたい。
RADWIMPS「空窓」 https://youtu.be/-0DZQaxPH5s

「日本人のみんなが一つになれるような歌が作りたかった」という作者の思いはピュアな本音なのだろう。けれど、そうした大きな物語を求める姿勢が内包する危うさに対して、野田氏は無自覚なんだと思う。

一体化への渇望、大きな共同体への帰属願望が、同調圧力や排除、選民意識、敵対、戦争をもたらす歴史が、日本だけでなく世界中で幾度となく繰り返されてきた。そのような時代には後戻りしたくない。多分、野田氏も同じ思いのはずなのだ。
今の日本に暮らしていて、左右両方の立場の中にも、無思想の立場の中にも、「セカイ系」の中にも、スピリチャリズムの中にも、陰謀論の中にも、さまざまな場所に、全体主義への流れを感じる。時代の無意識の先にそういう世界が待ち受けているならば、流れから距離を置き、今のうちに恐る恐る異議を唱えたいと思う。

以前から野田氏に対しては、リベラルな発言や行動を重ねてきた人との印象を持っていた。コメントにも書かれている、戦争や暴力を否定し、被災した人達に心を配り続ける姿勢に嘘はないと思っている。
けれど、そういった「誠実」や「純粋」、「素直」や「直感」が向かう先にも、危うさが存在することを、自身の肝にも銘じておこうと思う。野田氏と共通するメンタリティーが自分の中にもあると自覚している。

「HINOMARU」は時代の空気を無自覚に受け取って生まれた「純粋」な曲だと思う。その「純粋」さは、批判を受けながらも、若者を中心とした多くに受け入れられてゆくのだろう。自分は、その無自覚な「純粋」が集団に向かうことに、不安を感じている。

「リクオさんて日本が嫌いですよね」という問いに戻れば、「そんなことはない、好きですよ」とさりげない笑顔で答えたい。けれど、「愛国心」が、敵対や排除、戦争をもたらす装置として働いた歴史を忘れずにいたいとも思う。

国家や為政者、カリスマ、他の誰かが用意した劇的で大きな物語に身を委ねるのではなく、実感ある繋がりの中で、自身の手で一つ一つ丁寧に物語を紡いでゆきたいと思う。ユーモアと遊び心を忘れずに。

長文へのお付き合い、ありがとうございました。

ー 2018年6月13日(水)

《追記》
以上の文を書き終えた後に、「HINOMARU」作者の野田氏が昨夜のRADWINPSのステージで「自分の生まれた国が好きで何が悪い!」と発言したと知った。この発言はネット上で既に波紋を呼んでいて、支持者の高揚を大いに煽っている。
今後、「HINOMARU」の批判に対する感情的な批判がさらに高まり、あらたな対立を生み出してゆくだろう。こうやって話が単純化されてゆく先に不安を覚える。
本人はこの状況をどう捉えているのだろうか。

2017年9月22日金曜日

山下達郎さんの「ライブ中に歌う客は迷惑」発言で考えたこと

山下達郎さんの発言が話題を呼んでいる。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170921-00759556-jspa-life
自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組『山下達郎のサンデー・ソングブック』の中で、ライブに行くと抑えきれずどうしても大声で歌ってしまうリスナーからの「これってダメですか?」との質問に、達郎さんは「ダメです。一番迷惑。あなたの歌を聞きに来ているわけではないので」と返答。この発言に対する議論がネット上で大いに盛り上がり、ヤフーやライブドア等いくつものネットニュースで取り上げられることになった。自分の知る範囲では、達郎さんの意見への賛同が大半のようだ。

達郎さんの気持ちは同業者として自分なりに理解できる。自分の体験を語らせてもらうと、席数が60席に満たない会場でのピアノ弾き語りライブの時に、客席最前列で、曲の最初から最後までずっと自分と一緒に歌い続けているお客さんがいて、その時は正直、やりづらくて困ってしまった。またその声がよく響くのだ。
しかも、そのお客さんは、こちらのテンポにあまり寄り添うことなく自分のテンポで歌い続け、常に演奏よりも先走って歌ってしまうから、こちらの演奏がそのお客さんの声にひきづられそうになってしまう。周りのお客さんも明らかに戸惑っているので、放置しておくわけにもいかなくなってしまった。
でも、自分の曲を空で歌えるくらいファンでいてくれて、回りが見えなくなる程楽しんでくれているのだから、とてもありがたいことでもあるのだ。時間を割いて、お金を払って観に来てくれるお客さんに対して、強い態度で接する気持ちにはなれなかった。場の空気も悪くなるので、MCでお客さんに直接注意すことはなるべく避けたいと思った。

そこで自分のとった行動は、こちらの演奏を変えることだった。
まず、マイクスタンドを口元から離し、会場に生声を響かせた。そして、ピアノタッチを最弱のピアニシモにして音数を極端に減らして演奏した。そうすると、自分と一緒に歌っていたお客さんの歌声もより会場に響き渡ることになった。そこに至ってようやく、そのお客さんも自分がその場に与えていた影響に気づいて、歌うことをやめてくれた。

ライブは、その場にいる皆とのエネルギー循環による化学反応、一期一会のプロセスを共有してゆくドキュメンタリー。
自分はそうとらえているので、その一連の流れこそが、その日のライブの最大の見せ場の一つとなったと思っている。
ただ、そのお客さんには少し恥ずかしい思いをさせてしまったかもしれない。次回もまたライブに来てもらえたらと思う。

では、自分のライブでお客さんの合唱はNGかと言うと、全くそんなことはない。むしろ、それを求めていると言っていい。
自分のライブでは、こちらがお客さんに対して合唱や手拍子を促す場面がとても多い。特に、ソロのピアノ弾き語りライブでは、歌い手、打楽器奏者としてのお客さんの立場がより重要な位置を占めている。
そういう場面では、自分の立場は指揮者なのだと思う。ただ、完全な統率は目指さない。リズムと音程がずれていても大丈夫。多少はみ出す奴がいてもいい。カオスを残しつつ、皆が高揚感を共有できれば、それが正解だ。
ただ、しっとりと歌うバラードで一緒に歌われたり手拍子されると、それは違います、そこは聴き所ですよと。その辺は臨機応変に対応してもらって、皆でライブをつくっていきましょう、ということなのだ。

ライブにはさまざまな場面が存在する。その場面によっても正解は変化する。だから面白いし、飽きない。
そこに多少のハプニングを含んだライブが好きだ。自分のライブでは、お客さんも、完璧なものよりも、そういったハプニング的要素を期待しているように感じる。アーティストによって、ライブによって、期待されるものも違ってくる。当たり前のことだ。

多分、達郎さんのライブに比べて自分のライブは、ステージと客席、パフォーマーとオーディエンスの間の仕切りが曖昧なのだと思う。自分がそういう方向に向かったのは、体験と置かれた立場によるところが多い。そういった体験について語る良い機会かもしれないと思いつつ、長くなりそうなので、それはまた次回に。

達郎さんの言葉は、一部を切り取られることで極端な解釈がひろがってしまったように感じる。
ライブのあり方の正解は一つではない。やり方は人それぞれだし、与えられた場所やその時の気持ちによっても変化する。千のライブがあれば、千の正解があると自分は考えている。達郎さんだって、きっと、そう考えているんじゃないかと想像する。
正解を決めつけずに、集まってくれた皆と一緒にその日の正解を導き出し、最高のグルーヴに至るステージができたらと思う。
ー 2O17年9月22日(金)

2017年9月3日日曜日

リクオからのご報告 ー 京都に引っ越すことになりました


皆さんに報告があります。来月10月に、生まれ故郷の京都市に引っ越すことになりました。33年ぶりの京都暮らしです。
大阪の大学入学を機に京都を離れ大阪吹田市で11年間を過ごし、その後、東京で12年間暮らした後、’08年4月に神奈川県藤沢市鵠沼海岸に居を移し、約9年半を過ごしました。藤沢に越してきたのは、’06年から’12年の間、江ノ島で開催されていた「海さくらミュージックフェスティバル」というイベントに関わりだしたことがきっかけでした。




江ノ島の海をクリーンにして、次世代に残してゆこうという趣旨で今も活動を続ける「海さくら」という団体が、毎年9月に開催していた野外フェスに、自分は、出演者としてだけでなく出演者のブッキングやイベントの構成、プロモーションにまで関わるスタッフとして参加していました。その打ち合わせなどで何度も湘南に通う内に、自然が近くてオープンな街の雰囲気に魅了され、思い切って、東京からの引っ越しを決めました。この選択は大正解でした。

藤沢に越してから、自分の生活スタイルも変化しました。ツアーから戻ると、陽が暮れる前に、鵠沼海岸から片瀬江ノ島に続く海沿いを散歩するのが、この9年間の日課となりました。海沿いのお気に入りスポットから、夕暮に包まれたシルエットを眺める時間が、自分の心を最も穏やかにさせてくれる瞬間でした。





越してきた当時は、東京に住んでいた頃のように夜の街に繰り出す機会は減るだろうと思っていたのですが、その予想は外れました。最寄駅から2駅の藤沢駅周辺が、東京暮らしの時の下北沢のような存在になり、東京で暮らしていた時以上に、馴染みのお店が増えました。ただ、そこにも東京との違いはありました。
夜の街で出会ったり、一緒に飲む主な相手が、ミュージシャンや業界界隈の人ではなくなりました。音楽と酒好きを共通項に、業界以外の人たちと出会う機会が増えて、その生活の一端にふれ、一緒に楽しい時間を過ごすことができたことが、自分にとってはとてもよかった。出会った地元の人達には、とてもよくしてもらい感謝してます。

この街の暮らしの中で、人と自然にふれることで、心の風通しが良くなりました。ホント、いい思い出しかないです。正直、この暮らしがもっと長く続くのだと思っていました。
この街と、この街で出会った人達との縁がこれからも続いてゆくことを願ってます。皆が拍子抜けするくらい、ライブやなんやらで湘南に戻ってくる機会が多くなるかもしれません。これからもお付き合いのほど、よろしくお願いします。

京都に居を移すことで、自分の音楽活動の基本スタンスを変えるつもりはありません。今まで同様、曲を書き続け、作品をリリースして、ツアー暮らしを続け、届くべき人に自分の音楽が届くよう 、ますます意欲的に活動してゆくつもりです。
せっかく京都で暮らし始めるのだから、藤沢で暮らしていた時と同様に、地元の人たちとの交流を深め、京都発信、関西発信の音楽活動にも積極的に取り組んでいけたらと思っています。今は、藤沢を離れる寂しさと、京都暮らしへの期待が同居してる感じです。
与えられた条件、残された時間の中で精一杯やってみよう、関わってくれる人達やお客さんと夢を重ね合わせて、一つ一つ現実にしてゆこう。そんな思いをさらに強くしています。
これからもよろしくお願いします。
ー 2017年9月3日(日)

2017年8月31日木曜日

やんちゃなガキ ー 日野皓正ビンタ事件で感じたこと

ジャズトランペット奏者の日野皓正(てるまさ)氏が今月20日、東京都世田谷区で開かれたコンサートで、壇上でドラムを演奏していた男子中学生の髪をつかみ、顔に往復ビンタを加えたとういうニュースが、ネットで話題になっている。
http://news.livedoor.com/article/detail/13543541/

記事によると、コンサートは中学生向けの体験学習事業の一環で、日野氏の指導を受けて約4カ月間練習してきた生徒約40人が成果を発表する場で、ドラムを担当した生徒のソロパートの演奏が長くなりすぎたことで、日野氏が止めようとした中で手が出たとのこと。
その様子は動画にも上がっていて、自分も以下のYouTubeで確認した。
https://www.youtube.com/watch?v=j6AHt2Kd5fw

ビンタの是非はおいといて、この少年というか、このガキはヤンチャそうでオモロイなあと思ってしまった。
だって、ステイックを取られ、髪を掴まれても、怯まずに素手でドラムを叩き続け、ビンタされても、天下の日野皓正を睨みつけるって、なかなかできひんこととちゃうかなあ。今は方向性が間違っていても、あれだけの過剰なエネルギーあったら、使いようによって、素晴らしい才能を発揮するんじゃないか。こういう自我を持て余して、逸脱してしまう、独り善がりなガキにこそ、音楽による対話と共鳴から生まれる化学反応の醍醐味を知ってほしい。

なめきった勘違いのガキって、ネットの中にはいくらでも存在するのだろうけれど、実際、人前で面と向かって、つるむことなく1人で、あそこまでヤンチャに振る舞えるって、今の時代では貴重なんじゃないか。ネットの中で万能感に浸り続けるガキに比べたら、ずっと頼もしく感じる。

そもそも、音楽には守るべきルールがあるのと同時に、そこから逸脱してしまう過剰さも必要だと思う。そういった逸脱や過剰が生み出す緊張感やカオス、野性味こそがロックやジャズの1つの肝だと自分は認識している。素晴らしい音楽は、逸脱を繰り返しながらも、最終的には誰も置いてけぼりにしない。共鳴を忘れない。
ただ、そこにたどり着くまでには、持て余す自意識や混沌を開放させてゆく長いプロセスが必要なんだと思う。少年には、小さな枠の中でかしこまることなく育ってほしいと願う。で、伸びた鼻は何回でも折られたらええやん。最高のドラマーになってほしいなあ。

日野皓正さんは、腹立ったんやろな。オレも現場であの立場やったら、イラっとしたと思う。ビンタはしないけど。
日野さんは少年にビンタした後、どんな気持ちになったんだろう。自分の胸も傷んだんじゃないかなあ。そして、こんなに大きな話題になるなんて、想像もしていなかっただろう。
あの往復ビンタは、ただ感情にまかせたものではないと思う。アントニオ猪木の闘魂注入ビンタに比べても、ソフトタッチに見えたから。

2017年7月4日火曜日

安倍首相「こんな人たち」発言について

都議選で最も印象に残った一つは、安倍首相が秋葉原での応援演説で自分に対する「辞めろ」「帰れ」コールに向けた、「こんな人たちに、私たちは負けるわけにはいかない」という発言だった。
「こんな人たち」とは、自分への批判者なのか、あのようなコールをする人達にのみ向けた言葉なのか、あるいは両者を含むのか、解釈は幾通りも考えられるだろうけれど、自分は、安倍首相のこれまでの言動も踏まえた上で、あの発言を以下のように受け取った。

「すべての国民の責任を負うべき総理大臣という立場の人が、政権に批判的な国民を敵視している。」

真意はどうであれ、安倍政権に対して批判的な立場の人間ならば余計に、あの発言をこのように受け取っても仕方がないんじゃないだろうか。

ただ、一方で、あいまいさを含んだ事柄を、一つの観点のみで切り捨ててしまう姿勢は、つつしまなければとも思う。そういった態度こそが、安倍晋三という人に抱く違和感の一つであると同時に、受け入れたくない時代の流れだと感じている。
自分にとって安倍政権は、2極化と独善の流れを象徴する存在だ。その流れに染まることなく、自分を保ちたいと思う。

ー2017年7月4日(火)

2017年6月9日金曜日

5/25(木)下北沢・GARDEN「HOBO CONNECTION 2017 ~HOBO SPECIAL~」全曲解説

●5/25(木)下北沢・GARDEN 
HOBO CONNECTION 2017 ~HOBO SPECIAL~
【出演】リクオ with HOBO HOUSE BAND(ベース:寺岡信芳/ドラム:小宮山純平/ペダルスティール:宮下広輔)/仲井戸"CHABO"麗市/大槻ケンヂ
Photo by 三浦 麻旅子


1、「ランブリン・マン」リクオ  with HOBO HOUSE BAND(以後HHB)
HOBO HOUSE BANDがホストバンドとして参加した3公演(京都、名古屋、下北沢)では、オープンングの3、4曲は、リクオ with HOBO HOUSE BAND(以後HHB)としての4人の演奏をお届けしました。バンドにとっては今回の3公演ツアーが、新ドラマー・コミヤン(小宮山純平)の参加後初ステージだったこともあり、選曲とアレンジに関しては、本番当日のリハーサルまで試行錯誤を繰り返しました。選曲と曲順に関しては、舞台監督の丸山君とPAエンジニアの太田君の意見も参考にさせてもらいました。この日のオープニングナンバー、ニューオーリンズのセカンドライン・ビートを生かした「ランブリン・マン」の選曲はコミヤンの希望でもありました。

2、「僕らのパレード」リクオ with HHB
この曲も元々、HHBが参加する3公演の曲目には入ってなかった曲です。本番当日のリハーサルで音合わせして、手ごたえを感じたので、急遽、それまでの2公演でセットリストに入れていた「明日へ行く」と差しかえることしました。新ドラマーのコミヤンの京都、名古屋公演でのプレイが期待以上に素晴らしかったことが、思い切った決断をうながしました。

3、「希望のテンダネス」リクオ with HHB
今回のホーボーコネクションでは、ホスト役を全うするだけでなく、リクオというアーティストの現在進行形の姿を伝えることもテーマの一つにしていたので、自身のボーカル曲に関しては、なるべくオリジナルの新曲か、あるいは初トライ曲を選曲するよう心がけました。最近、日本のヒップホップを聴く機会が多く、その影響が反映された新曲です。

4、「グラデーション・ワールド」リクオ with HHB
初音ミクとデュエットするようなイメージで作り始めた新曲。四つ打ちキックの打ち込みによるアレンジを生音に変換するイメージでバンドアレンジしました。ステージに大槻君とチャボさんを迎え入れる前に、ロックやブルースの文脈とは違った要素が多く含まれる楽曲&アレンジのナンバーを敢えてセレクトすることを意識しました。

5、「ONLY YOU」大槻ケンヂ(vo)、リクオ with HHB
大槻くんはホーボーコネクション初参加。昨年11月の中川敬くんとのツアー「うたのありか2017」東京公演のゲストに出てもらった時が初対面。'90年代から彼のエッセイや小説、ソロアルバムが好きだっり、大槻くんと共通の知り合いが何人もいたりしたので、会う前から一方的に同世代の親しみを感じてました。オレと大槻君の共通点は、単位が足りなくて卒業できない夢を今だに見ること。中島らもさんのエッセイを読むと、らもさんもそうだったみたいです。今回の彼のボーカル曲は、全曲こちらからの提案。それらを受け入れてくれた大槻くんの懐の大きさを感じました。「ONLY YOU」は大槻くんの1st.ソロアルバムのタイトル曲で、田口トモロヲさんが在籍したパンクバンド「ばちかぶり」のカヴァー。大槻くんの1st.ソロアルバムの中でも、特に好きだった曲です。


6、「あのさぁ」大槻ケンヂ(vo)、リクオ with HHB
この曲が収録されている彼のソロアルバム「I STAND HERE FOR YOU」もオススメ。当時、オザケンの「天使たちのシーン」が収録されているのが意外で嬉しかったのを覚えてます。奇をてらうことなく曲の良さが伝わるアレンジと演奏を心がけました。

7、「プカプカ」大槻ケンヂ(vo)、リクオ with HHB
この曲の作者である西岡恭蔵さんは、自分が学生時代に初めて共演させてもらったプロのミュージシャン。恭蔵さんとは、デビュー前から何度もご一緒させてもらい、とてもよくしてもらっていたので、大槻君が昔から「プカプカ」をカヴァーしていることに繋がりを感じて、嬉しく思っていました。京都公演では、この曲を演奏する前のMCで、大槻くんが'90年代の頃の話として、当時憧れていたAV女優とデートの約束を取り付けて、下北沢の王将の前で待ち合わせしたときの逸話を面白おかしく聞かせてくれました。「プカプカ」は、ジャズシンガーの安田南さんがモチーフになって生まれた曲だというのが定説になっていますが、大槻君ってこの歌の主人公みたいに奔放な女の子に振り回されてるイメージがあって、それを裏付けるようなMCだと思いました。


8、「踊るダメ人間」大槻ケンヂ(vo)、リクオ with HHB
筋肉少女帯の代表曲の一つと言ってもいいのかな。演奏していて、子供にも受けそうだし、実は世代を超えて訴える曲だなあと思いました。こういう曲調を演奏する機会がないので、お客さんのリアクションも含めてすごく楽しくて新鮮でした。大槻くんは、この曲にチャボさんが参加することになったらどうしょうと不安に思っていたそうです。その話を聞いて、それもありだったなあと思いました。筋肉少女帯ヴァージョンのアレンジから離れて、HHBならではの演奏ができたかなと。しかし、本番でスイッチの入った大槻くんの豹変振りは笑えるくらい凄かったです。マスクを被らないマスクマンみたい。

9、「オーイっ!」仲井戸"CHABO"麗市(vo)、リクオ with HHB
毎回そうですが、チャボさんはステージに登場したその瞬間からカッコイイ。見惚れてしまいます。10代のファンだった頃から(今もファンですが)、そのイメージが変わらないんです。チャボさんと共演するミュージシャンは自分も含め皆10代の少年に戻ってしまう感じ。チャボさん自身が「永遠の少年性」を持つ続ける人なんだと思います。そんなチャボさんがユーモラスに「老い」を歌ったのが、この「オーイっ!」。こんなにカッコよくロックに「老い」歌える人、他に知らいないです。バンドの演奏も素晴らしかったんではないかと。

10、「君が僕を知ってる」仲井戸"CHABO"麗市(vo)、リクオ with HHB
RCサクセションのナンバー。選曲はチャボさん。清志郎さんは声のキーが高いので、男性がRCサクセションの曲をオリジナルキーで歌うのは大変なんです。だから普段チャボさんが清志郎さんVO曲を歌うときは、曲のキーを下げて歌うのが常なんですが、今回、チャボさんはあえて全曲をオリジナルキーで歌ったんです。そのことによって歌と演奏がよりエモーショナルに響き、さらにチャボさんのギタープレイがより際立つ結果をもたらしたと思います。一緒に演らせてもらって、「君が僕を知ってる」のギターリフのあの響きは、やっぱり原曲のGのキーでなきゃ出せないんだなと実感しました。

11、「たとえばこんなラブ・ソング」仲井戸"CHABO"麗市(vo)、リクオ with HHB
RCサクセションのナンバー。選曲はチャボさん。「君が僕を知ってる」同様、コアなRCファン、チャボさんファンにとっては、たまらない選曲。チャボさんによると、この曲をバンド編成で歌うのは多分今回が初だとのこと。光栄です。アレンジはあくまでもRCのオリジナルをベースにすることを心がけました。18の自分に教えてやりたいなあ。「今オレ、チャボとRCの曲やってるで」って。今回のチャボさん選曲の多くは、間違いなく清志郎さんが亡くなった5月であることを意識したものでした。

12、「Harvest Moon」仲井戸"CHABO"麗市(vo)、宮下広輔 、寺岡信芳 ※アコースティック・コーナー
ニール・ヤングのカヴァーをチャボさんの日本語意訳で。チャボさん選曲。元々この曲はチャボさんとペダルスティールのコースケ(宮下広輔)とのデュオで演奏予定だったのですが、チャボさんからの提案で寺さん(寺岡信芳)が急遽アコースティック・ベースで参加してトリオ編成に。これが大正解。舞台袖で聴いてたけど、素晴らしい化学反応、名演でした。チャボさんの日本語詞洋楽カヴァーって、言葉にリアリティーがあってオリジナルのように聴こえます。

13、「胸が痛いよ」仲井戸"CHABO"麗市、リクオ(vo) ※アコースティック・コーナー
自分と清志郎さんとの共作を、チャボさんのアコースティックギターとのデュオで。あの世ともつながった瞬間。


14、「Little Wing」仲井戸"CHABO"麗市(vo)、リクオ with HHB
ジミ・ヘンドリックスの名曲をチャボさんの日本語意訳で。「胸が痛いよ」の後を受けてのチャボさんの選曲。清志郎さんへの思いを歌っていることは明らかです。チャボさんの哀しみを湛えた歌と凄まじいギターに煽られて、京都、名古屋公演に続き、忘れられないセッションに。この演奏を体験できただけでも、イベントを企画した甲斐があったなあと。すごかった。

15、「永遠のロックンロール」仲井戸"CHABO"麗市、リクオ(vo) with HHB
原点回帰に向かうことで進行形であろうとする今の自分のスタンスを象徴する新曲です。この曲に、ロックンロールの楽しさ、開放感、希望を教えてくれた張本人のチャボさんがギターで参加してくれることの奇跡のような必然。ロックンロールの魔法が続いてることを実感。

16、「オマージュ - ブルーハーツが聴こえる」仲井戸"CHABO"麗市、リクオ(vo) with HHB
曲を作り始めた時から、ホーボーコネクションでのチャボさんとの共演までにこの曲を完成させて、チャボさんにギターを弾いてもらうことをイメージし、企んでいました。チャボさんとリハーサルに入った時点では、まだアレンジもしっかりと練れてなかったので、リハーサルと3公演の本番を通じて、バンドのメンバーとチャボさんと一緒に曲を育てていった感じ。この曲が完成して、チャボさんにギターを弾いてもらえた意味は、自分にとってすごく大きかったです。

17、「ロックンロール・ミュージック」仲井戸"CHABO"麗市(vo)、リクオ with HHB
惜しくも今年旅立ったロックンロールのオリジネーターの一人、チャック・ベリーの名曲をチャボさんの日本語訳で。前曲までの流れを意識した上でのチャボさん選曲。実は、当日リハーサルでチャボさんから突然、この曲のキーをGからAに上げてみたいとの提案があったんです。当日リハで曲のキーを変えることはめったにないのですが、こういった瞬間こそがルーティーンとは違うこのイベントの醍醐味。キーを上げることでチャボさんのボーカルがよりシャウトし、初期衝動の増した演奏に。コミヤンのスイングする8ビートも素晴らしく、名古屋公演では、この曲の演奏後にチャボさんがコミヤンを指して「ミスター・バックビート!!」と紹介。コミヤンにとっては最大の褒め言葉だったに違いないです。今回チャボさんに参加してもらった14曲中9曲の選曲はこちらからの提案で、残りの5曲が、オレの提案を受けた上でのチャボさんの選曲でした。チャボさんから送られてきた選曲を確認して、こちらの意図やテーマをすべて理解してもらえた気がしました。

18、「もう我慢できない」全員(大槻vo)
この選曲の反響が大きかったのが嬉しいです。JAGATARAの曲でチャボさんがギターを弾き、大槻くんが歌うという場面は、ある時代の邦楽ロックを通過した人にとっては歴史的瞬間ではないかと。チャボさんのギターとコースケのペダルスティールの掛け合いも大きな聴きどころになりました。そうそう、今回事前に大槻くんから、筋 少や特撮ではステージで曲終わりの締めを任されたことがない、という衝撃の事実を聞いていたので、今回大槻くんが参加してくれる曲の締めは、すべて彼に任せることにしました。京都・磔磔公演では、締めのジャンプのあまりの低空さに皆が唖然としましたが、曲を重ねるにつれ、GARDEN公演ではジャンプの飛距離も高まり、次第に曲締めのポーズにもバリエーションが生まれてるようになり、ライブ終盤では曲締めだけでお客さんを盛り上がるまでに成長、ライブの一つの見どころとなりました。




19、「明日なき世界」全員(大槻&リクオvo)
RCサクセションの洋楽カヴァーアルバム「COVERS」収録曲。オリジナルはバリー・マクガイア。日本では高石友也さんが先にカヴァー。清志郎さんの日本語詞は、この高石友也さんの日本語詞を元にアレンジされてます。もし10年前なら、この選曲をチャボさんに受け入れてもらえただろかと想像します。今だからこそ、チャボさんと一緒に演りたかった曲です。RCヴァージョンのこの曲のキーはE♭で、清志郎さんにしては低めのキー設定。今回、リハーサルのスタジオ入りする前に、チャボさんから「キーを1音半上げてGでやってみないか」との提案がありました。まさか、清志郎さんのボーカル曲でキーを上げることは想定してなかったので、最初は戸惑いましたが、ギリギリのキーで歌った結果、よりリアリティーの伝わる歌唱になって、演奏全体の「ぐっとくる感」も増した気がしました。今回のセッションでは曲のキーをどこに設定するかが、一つのポイントになりました。歌詞の中の「法律で真実は隠せやしねえ」っていうフレーズが、今も頭の中でリフレインし続けています。

20、「雨上がりの夜空に」全員(仲井戸vo)
チャボさんはホーボーコネクションの常連ですが、このイベントのステージで、RCの代表曲「雨上がりの夜空に」を演らせてもらうのは、今回が初。オレからのリクエストです。バンドアレンジはRCのライブアルバム「ラプソティー」をベースにしました。ドラムの四つ打ちキックのプレイントロをバックにした清志郎さんのMC「今日は最後までこんなに盛り上がってくれてありがとう!」の部分も、あえて完全コピー。チャボさんのギターのイントロリフをうながすMC「OK、チャボ!!」の部分は、「OK、チャボさん!!」と「さん」付けで。大槻くんとオレも歌詞の1部分を歌わせてもらいました。いやあ、盛り上がったー。

アンコール
1、「アイノウタ」仲井戸"CHABO"麗市、リクオ(vo) with HHB
オレのライブでの定番曲。チャボさんにはギタリストに徹してもらいました。シンガーのチャボさんだけでなく、かっこいいギタリストとしてのチャボさんも見たい。これは、RC時代からチャボさんを見続けてきたファン(もちろん、オレも含めて)共通の願いだと思います。ホーボーコネクションでは、ギタリストとしてのチャボさんもフィーチャーするよう常に心がけてます。

2、「不滅の男」全員(vo大槻)
大槻くんのソロアルバムにも収録されている、エンケンこと遠藤賢司さんの代表曲。この曲、オレも22年程前に1度だけ、阪神淡路大震災から間もない神戸のライブイベントでカヴァーさせてもらったことがあるんです。大槻くんがカヴァーする曲は、自分も好きだったり、自分もカヴァーしていたり、影響を受けた曲が多いんです。ステージ上で、大槻くん、チャボさんらとこの曲を演奏してるのが、ちょっと不思議で感慨深かったです。時を超え、世代を超え、点が線になり縁となる瞬間に居合わせているのだなあと。

3、「いい事ばかりはありゃしない」全員(仲井戸&大槻&リクオvo)
ホーボーコネクションでチャボさんと共演させてもらうときの定番曲。でも、この曲を誰とどこで演奏して歌うかによって、毎回曲の色合いが変わってゆくんです。セッション向きの名曲です。そう言えば昔、近藤房之助さんが「この歌こそ、日本の最高のブルースソングだ」って言ってたなあ。ホント、そう思います。アレンジは、あくまでもRCのスタジオ盤をベースにすることを心掛けました。この日のライブにふさわしいエンディング、大団円となりました。この曲含め、ホストバンドを務めたHOBO HOUSE BANDの演奏は素晴らしかったと思います。寺さん、コミヤン、コースケは、ホストバンドとして役割を全うした上で、それぞれが演奏者としての存在感をしっかり残してくれました。リハーサルから3公演を通してバンドが急成長してゆく姿に頼もしさを感じました。彼らとのこれからのライブも楽しみです。




以上、全曲解説でした。
こうやって書き記すことで、すべての選曲、曲順に、これだけの思いと意味合いが込められていたのだなあと、我が事ながら、再認識しました。それらを受け止めて応えてくれた出演者の皆さんにはリスペクトと感謝の気持ちで一杯です。
「HOBO CONNECTION 2017」10公演のすべてが、出会い、再会、ときめきに満ちた素晴らしい一期一会となりました。遅ればせながら、足を運んでくれたお客さんと関わってくれたすべての皆さんに心から感謝します。そして、これからもよろしくお願いします。ー リクオ

ー 217年6月9日(金)

【リクオ with HOBO HOUSE BANDライブ・スケジュール】
⚫︎7/14(金)渋谷・BYG 03-3461-8574
http://www.byg.co.jp/
ゲスト:高木克(ソウル・フラワー・ユニオン)
前売り¥4000 当日¥4500 開場18:30 開演19:30 
メール予約: bygrock1969@yahoo.co.jp
件名に(チケット予約+公演日)を記入して下さい。本文には氏名、電話番号、予約枚数を記入して下さい2人予約するなら2人とも名前電話番号を記入して下さい。予約完了しましたら、詳細をメールで返信いたします。メール送信の次の日までには返信いたします。

●8/19(土)大阪・martha(dinning cafe+goods)TEL 06-6446-2314
http://www.marthanet.com
「リクオ・プレミアムLive 〜真夏のマーサ編〜」
出演:リクオ with HOBO HOUSE BAND(ベース:寺岡信芳/ドラム:小宮山純平/ペダルスティール:宮下広輔)
¥4500 当日¥5000 (いずれも+1Drink) 開場18:00 開演19:00
【学割チケット】¥2500(別途1ドリンク代必要※大学生、専門学校生まで)※入場時に学生証の提示をお願いいたします。中学生以下入場無料※ただし、必ず保護者同伴でお越しください。
電話予約:011-623-0666
6/19(月)よりメール予約受付開始
ご予約はマーサHP内の予約専用フォームからお願いします。
http://www.marthanet.com

リクオ・ライブ詳細→ http://www.rikuo.net/live-information/

2017年2月20日月曜日

リアル2ー 水戸にて9年振りに「名前を知らないけれど」を歌う

昨日は、東北&北関東4ヶ所ツアー(石巻、仙台、いわき、水戸)の最終日、水戸での2年振りのライブだった。ライブ会場のペーパームーンは、初めての会場だったけれど、もう何度も訪れたことがあるような親しみと懐かしさを感じさせる空間だった。
風邪が治りきらず、体調はあまりよくなかったけれど、客席からの熱い思いをエネルギーにして、ストーリーのある理想的なライブ空間を皆で作り上げることができたと思う。

昨夜のライブを主催してくれた「地元でライ部」代表、甲斐君との出会いは9年近く前に遡る。約4年振りに訪れた水戸での空席だらけのライブに来てくれたお客さんの1人が甲斐君だった。その夜のことは当時のブログに書き残されている。
http://rikuonet.blogspot.jp/2008/09/blog-post_24.html?m=0

そのライブの半年後、甲斐君は水戸でオレのライブを企画してくれて、その後、「もっと地方にリアルな音楽を」との思いで「地元でライ部」を立ち上げ、オレだけでなく、さまざまなツアーミュージシャンのライブを水戸で企画するようになった。昨夜のライブ空間は、「地元でライ部」の長年の積み重ねがあってこそ成り立った、一つの結晶のようなものだ。

昨夜は、感謝の気持ちも込めて、9年前のライブで甲斐君が客席からリクエストしてくれた曲「名前を知らないけれど」を、その日以来9年振りに弾き語った。


誰に頼まれたわけでもなく 今日もメロディ口づさむ
抜け殻みたいな言葉に 何度も息を吹きかけた

じっとしたままで いるなんて
とても出来やしなかったよ だから今

君に会いに来た 名前も知らないけれど

誰に頼まれたわけでもなく 今日もリズムを打ち鳴らす
東へ西へとかけ回り 余計なマネをくり返す

乾いているから濡れたいよ
翼はないけど飛びたいな だから今

君に会いに来た 名前も知らないけれど 

ー「名前も知らないけれど」より

その言葉とメロディーは、今の自分にもリアルに響いた。20数年前の自分と今の自分が重なった。
今も当時と変わらず、もがいているなあ、「もんもん」を抱えているなあと実感した。「もんもん」を燃料にしたり、ネタにして笑い飛ばす術は、当時よりは身についたかもしれないけれど、抱えている「もんもん」は今もそんなに変わらない気がする。
その思いを歌に変え、ライブで昇華させ、それを受け止めてくれる人がいるお陰で、自分は救われてきたし、どうにかここまでやってこれた。

昨夜のお客さんの中には、甲斐くん以外にも、9年前の水戸ライブに来てくれていたご夫婦がおられて、感慨深かった。あの日のライブがなければ、昨夜のライブも存在しなかった。
誇らしい夜だった。
これからも「もんもん」を糧に「リアル」を積み重ね、軽やかに方々うろつき回ってやろうと思う。