2022年9月28日水曜日

菅前首相の追悼の辞に感じたこと

 安倍晋三氏を見送る国葬の儀における菅前首相の情緒に訴える追悼の辞を聞きながら、色々と考えさせられた。

「総理、あなたの判断はいつも正しかった」

この言葉がもたらす波紋、反感と共感のコントラストを菅氏が想像できていなかったとしたら、かなり冷静さを欠いていると思う。そもそも、「いつも正しい人」など存在しないだろう。
意識的であれ、無意識であれ、菅氏の中に故人を神格化したい欲求があったんじゃないだろうか。
この人は心から安倍氏に心酔していて、その思いが、言葉や語り口の無防備さをもたらしたのかもしれない。そんな印象を抱いた。

安倍前首相が銃撃されて以来、個人崇拝や神格化を求める傾向が強まったと感じる。反対意見の多かった国葬は、反対をも粮にして、そういった傾向を後押しする役割を果たしたように思う。
反対意見が多くなる程に安倍氏を支持する強固な心の壁が築かれ、崇拝や美化がさらに強まってゆく様には、カルト的要素を感じる。そもそも、安倍氏と統一教会は、そのカルト的傾向においても親和性が高かったように思う。

そういった傾向や兆候は、今の日本においては各所で確認できる。
社会全体が冷静さを欠いて、カルト的傾向が強まってゆくその先に、差別や偏見、不寛容、敵対、戦争をもたらす全体主義があるのだろう。この傾向には、右も左も関係ないと思う。

こうした流れに、自分自身も飲み込まれてしまいそうな危うさを感じる。
孤独を受け入れながら、慎重に抗い続けようと思う。

ー 2022年9月28日(水)

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