2014年7月17日木曜日

小学生時代の差別体験から考える

 ★小学生時代の差別体験から考える

自分が生まれ育った京都市の学区内には部落民が居住する同和地区が存在し、各クラスにその地区で暮らす生徒がいた。学校の授業では同和教育が行われ、差別問題に対する意識は高い地域だったと思う。
学内には在日コリアンや華僑の生徒も存在した。在日コリアンの生徒のほとんどは通名を使用し、在日であることを公表していないことが多かった。在日であることが学内でも噂になり、自然にそのように認知されたり、後にカミングアウトする生徒もいた。在日の生徒の中には、在学中に何度も改名する者もいた。
自分が育った街は、差別問題に対する意識が高い地域である一方で、人々の間には、社会のマイノリティーや特定の民族に対する差別意識も根強く残っていた。

幼い頃、回りの大人達から「同和地区はガラが悪いから行ってはいけない」とよく言って聞かされた。クラスには同和地区で暮らす仲の良い生徒がいたにも関わらず、自分がその場所に足を踏み入れることはなかった。怖かったのだ。同和地区で暮らす生徒も、進んでその地区に自分を誘おうとはしなかったように思う。学校では仲がよくても、互いに超えられない一線が存在していた。
同和地区の生徒の親の中には、教育を受けられなかった故に、しっかりと読み書きのできない人もいた。そういった家庭環境のせいで、その地区では学校の授業に遅れがちな生徒が目立った(一方で成績優秀な生徒も存在した)。同和地区の生徒達が学校の授業の後、地区内にある隣保館(りんぽかん)という社会福祉施設に通い、学習のサポートを受けていたのを覚えている。
隣保館に通う生徒達の話を聞いていると、そこは生徒や地区の人達が寄り集まる楽しげな場所のようにも思えた。「どうやらその地区には、自分が暮らす地域にはないコミュニティーが存在するらしい」そんなことを子供心に感じ取っていた。そして「その場所に行けば自分は『よそ者』になる」ということも、はっきりと意識していた気がする。自分は子供の頃から寄る辺無さのような感覚を抱えていたので、その場所に存在するらしい「繋がり」に対する「羨ましさ」も感じていた気がする。偏見や差別は、そういった意識の中からも生まれるのだろうと思う。

小学4年生の頃、生徒の間で頻繁に使われるようになった言葉がある。「チョンコ」「チョーセン」といった差別用語だ。在日コリアンの生徒に対してだけでなく、気に食わない相手全般、あるいはいじめの対象になっている生徒に対して、さかんにそれらの言葉が投げつけられた。
同和地区の生徒もそれらの言葉を好んで使っていたのを覚えている。「差別されている側が、さらに差別する対象を見つけようとする」というやるせない構図が幼い子供の間にも存在していた。
自分は当時、クラスの番長的存在の生徒に逆らったことから、彼と回りの取り巻きからイジメの対象にされ、頻繁にそれらの言葉を投げつけられていた。今思えば、「チョンコ」「チョーセン」と呼ばれることを屈辱に感じていた自分の心の中にも、既に差別と偏見の意識が存在していたように思う。
こういった差別用語と差別意識を最初に子供達に植え付けたのは、回りの大人達だった。子供達は学校では同和教育を受け、差別はいけないことだと教えられる一方で、実生活では回りの一部の大人達の差別意識を汲み取り、それに影響された。

あれから40年近い歳月が流れ、今ネット上では、自分の考えや立場の違う相手を「在日」だと決めつけて攻撃したり、侮蔑や揶揄の意味合いを込めて、自分が小学生の頃に投げつけられたのと同じ「チョンコ」「チョーセン」といった言葉が使われるのを目にするようになった。こういった動きは、ネット上だけでなく路上にも広がり始めた。
差別意識を持った憎悪表現である「ヘイトスピーチ」や「ヘイトデモ」の存在を自分が認識するようになったのは、ここ2、3年のことだ。そういう状況に応じて、「レイシズム」「レイシスト」という言葉が浸透し始め、ヘイトスピーチやヘイトデモに抗議するカウンターの行動も盛んになった。
世の中の排外的な空気が、日本で暮らすマイノリティーや特定の民族に対する差別や偏見、憎悪を増々助長しているように感じる。近隣国の反日政策や覇権主義が、こういった動きを広めるきっかけの一つになっていることも確かだろう。

差別や憎しみの対象は、人々が抱える漠然とした不安や鬱積した思いのスケープゴードとしても存在しているように感じる。在日特権の存在をヒステリックに訴えヘイトスピーチを繰り返す人達の無意識の中には、寄る辺無さを抱えていた小学生時代の自分が同和地区の人達に対して抱いた「羨望」や「恐れ」と共通する感情も存在するのかもしれない。ただ、自分が小学生の頃に遭遇し体験した差別と現在のネット上やヘイトデモで見られる差別のあり方には、大きな違いも感じる。現在のヘイトスピーチで使われる侮蔑の言葉は度を超えていて、それらを列挙するのが憚れるほどだ。

小、中時代の自分は、学校生活を通して、差別されている当事者である同和地区の人達や在日コリアンの人達と毎日顔を突き合わせて生活していた。同和地区の生徒の中にも、在日の生徒の中にも仲の良い生徒が存在して、放課後も彼らと共に遊んで過ごした。自分以外の生徒達も多分、同和地区や在日の生徒達との生身の付き合いを通して、彼らも同じ血の通った人間であることはある程度実をもって感じていたと思う。
互いに超えられない一線や差別意識は存在しても、こうした関係性の中て身につけた世間感覚や、生身同士の関係性がもたらす実感が、差別意識や差別的言動に一定の歯止めをかけていた気がする。現在に比べればの話だけれど。
現在のSNS上での罵詈雑言や路上でのヘイトスピーチには、そうした「歯止め」がなくなってしまっていると感じる。それは生身の他者との関係性の少なさが一因ではないかと考える。

日常世界でのリアルな人間関係や世間感覚、現実感覚の希薄さが、他者に対する想像力と「歯止め」を奪い、憎むべき対象のイメージを固定化させ、個人の記号化をもたらしているのではないか。そうでなければ、あれほどまでに人間としての尊厳を徹底的に汚すような罵声を相手に浴びせることはできないと思う。
そうした人間同士がネット上で出会い、憎悪と差別意識によって繋がることで承認し合い、自分を保っているのだとしたら、とても不幸なことだ。

ヘイトスピーチ、ヘイトデモに抗議する言動の中にも、相手に対する記号化が行き過ぎているのではないかと感じることがある。現場にいる人間からは甘っちょろいと言われるかもしれないけれど、目には目をのやり方には、自分はやはりなじめない。こういう状況を見るにつけ、社会の分断化は一層進みつつあるのではないかと感じる。
1人1人の個人が自身と向き合う作業を積み重ねてゆくと同時に、1人1人の生身の他者との出会いを丁寧に積み重ねてゆくことの大切さを増々感じている。
ー2014年7月17日(木)

0 件のコメント:

コメントを投稿