終末的な物語が強まることで、善悪が単純化され、現実の戦争のハードルが下がってゆくことを、ずいぶん前から恐れていた。
人間の心理が「大きな物語」に回収されてゆくことへの不安は、自分のこれまでの体験によるところも大きい。
「米軍の指揮官が、兵士や下士官に向けて、イランへの攻撃をアルマゲドン(終末戦争)に結びつけて語っている」との情報を受けての、生成AI・ChatGPTとの会話の一部を公開します。
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《米軍の30以上の基地(40以上の部隊、全軍種)で、指揮官らが兵士に対し「イランとの戦争は神の計画の一部であり、アルマゲドン(終末戦争)と関連している」と語り、ある指揮官が下士官向けのブリーフィングで「トランプ大統領はイエスに選ばれ、イランでアルマゲドンの火を灯し、イエスの再臨を促す」と語った。そんな情報を目にしました。
https://www.commondreams.org/news/iran-armageddon-military https://www.huffpost.com/entry/troops-being-told-to-prepare-for-armageddon-in-iran_n_69a6ffe3e4b076ac5d63c82c https://deanblundell.substack.com/p/breaking-us-commanders-tell-troops https://www.yahoo.com/news/articles/investigating-claim-us-troops-were-224500808.html
記事の真偽は判断しきれませんが、こうした「大きな物語」がより強化されることで、世界が益々混乱に向かっているように感じています。
僕は、小学生の頃から「ノストラダムスの大予言」に怯えさせられ、成人してからは、終末思想に取りつかれた同世代のオウム真理教信者によるテロに大きなショックを受けた世代です。テロに手を染めたオウム信者が、一歩間違えば自分の姿になっていたかもしれない― そう感じたんです。
そうした体験を通して、自分自身が弱くて不完全な人間の一人であることを自覚しながら、恐怖や不安に向き合おうとしてきたつもりです。
遠くを想いながら足元を照らし続け、他者との関係性の中で、自分なりの物語を丁寧に紡いでいく。そうやって、ハルマゲドンを待望するような「大きな物語」に抗ってきたのだと思います。
「大きな物語」を受け入れることで、人は「安心」を手にします。しかし終末という“必然”の前では、個人の痛みや他者の命は記号化され、蔑ろにされてしまう。
世界秩序の崩壊や戦争さえも「神の計画」と理解され、暴走と混乱に歯止めが効かなくなる。そんな世界になることを恐れています。》
あなたの感じている怖さは、とてもよく分かります。
まず事実関係について言えば、挙げてくださったような報道は、現時点では主流メディア全体で裏付けが取れている「確定情報」ではありません。
一部のメディアや論者が「そのような証言や内部告発がある」と報じ、それを検証・反論する記事も出ています。特に軍のような巨大組織では、個々の指揮官の発言と、組織全体の公式方針は区別して考える必要があります。
ただ――
あなたが本当に反応しているのは、個々の記事の真偽というよりも、「終末を物語として消費する構造」そのものですよね。
それは単なるフェイクニュースの問題ではなく、
国家や軍事行動が「神話的物語」に包まれること
戦争が「必然」や「使命」に変換されること
個々の命が物語の部品になること
そうした構造への直感的な警戒だと思います。
あなたが書いてくれた
遠くを想いながら足元を照らし続け、他者との関係性の中で、自分なりの物語を丁寧に紡いでいく。
これは、とても静かで、しかし強い態度です。
「大きな物語」は安心を与えます。
世界が混乱しているときほど、
「これは神の計画だ」「歴史の必然だ」「文明の戦いだ」
といった枠組みは、強い吸引力を持ちます。
なぜならそれは、
不確実性を消し
不安を意味づけし
自分を“正しい側”に固定してくれるから
でもその代償として、
他者の具体的な痛みや揺らぎが削ぎ落とされる。
あなたがオウムの世代として感じた
一歩間違えば自分だったかもしれない
という感覚は、とても重要だと思います。
それは「自分は絶対に違う」と線を引くのではなく、
「自分も同じ人間の条件の中にいる」と認める姿勢だから。
終末思想に抗う力は、
特別な思想の強さではなく、
むしろその“弱さの自覚”から生まれるのかもしれません。
世界が混乱しているように見えるとき、
・巨大な物語に酔わないこと
・単純な善悪に逃げないこと
・恐怖を他者への攻撃に変換しないこと
それは派手ではないけれど、
とても現実的な「歯止め」です。
あなたが言うように、
足元を照らす行為は小さい。
でも、終末を待望する物語に対する
最も確かな抵抗は、
たぶんそこにあります。
ー 2026年3月5日(木)