2026年4月17日金曜日

Do it yourself ー 映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』を観て

監督・田口トモロヲ、脚本・宮藤官九郎による映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』を観てきた。
1978年の東京を舞台に、日本のパンク・ロックの礎を築いた若者たちの姿を描いた青春群像劇で、愛情と思い入れが細部にまで行き届いた映画だった。

自分が中学3年生から高校生だった頃の時代の話だけれど、遠藤ミチロウさん、エスケンさんら、後に自分も交流を持った人たちが描かれていたり、西部講堂や新宿ロフトなど、自分も立ったことのあるステージや思い入れのある場所が舞台になっていることもあって、胸がキュッとしたり、心のざわつきを感じながら映画を観た。

映画の最後にJAGATARAの「もうがまんできない」が流れ、出演者がそれぞれ歌い回していくシーンにはグッときた。その中でも、路上でアコースティックギターの弾き語りをしている未知ヲ(遠藤ミチロウ)が映るシーンは不意を突かれた感じで、一気に涙腺が緩んでしまった。
スターリンで一世を風靡した後、’90年代半ば以降は主にシンガーソングライターとして全国を巡り、路上と地続きの場所で歌い続けたミチロウさんの姿を描いてくれたことに胸を打たれたし、製作者の深いリスペクトを感じた。

それにしても、今や日本で最も注目を集める役者の一人であり、大河ドラマの主役も務める仲野大賀が、ミチロウさんを演じることになるとは(しかもあそこまで体を張って)。不思議な気もしたけれど、素晴らしいことだと思った。
実際のミチロウさんとのギャップは感じたけれど、映画を見終えてみると、それで良かったのではないかと思えた。
ゼルダのチホさん役の吉岡里帆もよかったなあ。
配役からも、この映画が一般に開かれた作品を目指していることが伝わった。

それと、この映画は主役がミュージシャンではなく無名と言えるカメラマン・地引雄一氏だったことも良かった。多くの無名のスタッフが、シーンに対してミュージシャンと同等の貢献を果たしてきたことは間違いないのだから。

この映画は、東京ロッカーズというムーブメントと、そこに関わったバンドの存在を今の世に知らしめる大きなきっかけになるのだろう。それは素晴らしいことだし、同業者としては、このような形でシーンの功績が残されることに、少し羨ましさも感じた。
そのうち、’70年代にムーブメントを起こした関西ブルースや関西フォーク、’80年代後半からのバンドブーム、'90年代前半の渋谷系や日本のクラブ・ムーブメントにスポットを当てた映画もできれば面白い。
友部正人さんの役は吉沢亮、大槻ケンジ君は渡辺大知君でどうだろう?

自分はこれまで、どの音楽シーンに属することもなかったけれど、いろんなムーブメントに触発されることで、ここまでやってこれたのだと思う。
その根底にある共通の姿勢が「Do it yourself」であることを、映画を通してあらためて確認することができた。

あと、権力や権威との距離感も、自分はどちらかというとこっち側だと思った。

でも、ステージに向かう姿勢には違いも感じた。東京ロッカーズの人たちは、手拍子やコール&レスポンスを求めたりはしなかっただろうし。歳を重ねたせいもあって、今の自分のパフォーマンスはあんなふうにはトンガっていない。
東京ロッカーズというムーブメントは一瞬の輝きだからこそ美しく、かっこよかった。自分が今やっていることは、くたばるまでやり続けることだ。

こんな映画が、ミニシアターではなくMOVIX京都という大きな映画館で観られる日が来るとは思わなかった。
この時期にこの映画を観られて良かった。
制作に関わった人たちに、心からのリスペクトを。

ー 2026年4月17日(金)


2026年4月15日水曜日

北海道4ヶ所ツアー

札幌・のやのグランドピアノは、昨年のライブ以上に鳴りが良く、大いにインスパイアされた。
開演前にはマスターの川端さんといろいろ話ができ、かつてのやのステージに立った大塚まさじさんや中川イサトさんといった先輩ミュージシャンの話を聞かせてもらえたのも嬉しかった。
本当にいいお店。また戻ってきます。
打ち上げはススキノに場所を移し、午前3時近くまで飲みながら、バカ話から政治の話まで幅広く、熱く語り合う。
酔って政治の話をするのは危うさも伴うけれど、酔っているからこそ正直な異論を聞けるのは、自分にとってはいいこと。
今日は道東の常呂町へ移動。

ー 2026年4月10日(金)

25年目、25回目の北海道・常呂町ライブ。
毎年欠かすことなく続けてこられたのは、受け入れてくれる地元の皆さんのおかげ。自慢したい奇跡だ。
常楽寺でのライブは、開演前に松平住職の短い法話を聞くのが恒例。今回はいつになくシリアスな内容で、社会状況を受けてのことだろう。
25回目の常呂町ライブで、一回性の高い新鮮なパフォーマンスができたんじゃないかと思う。
アンコールMCの途中で、ふいに感極まってしまい危なかった。涙腺がゆるくなったなあ。
打ち上げでは、参加した人たちが次々と、自分の曲やライブにまつわる思い出を語ってくれて、それもまたありがたく、ぐっときてしまった。
常呂町の皆さんと笑顔で再会できてよかった。新谷さん、大病からの復活、本当によかった。新しい出会いにも感謝。
ありがとう、また。
今日12日は釧路・ラルゴ。明後日14日は小樽銭函。旅は続くよ〜。

ー 2026年4月12日(日)


 釧路・ラルゴのマスター・豊川君からのリクエストは「長めのライブ」。

期待に応えられたんじゃないかと思います。
自分でも思いがけない曲が演れてよかった。
ナイスミラーボール。
ラルゴ20周年おめでとう!
オレはラルゴ最多の17回目の出演。これからも最多出演記録を更新し続ける予定です。
来年もよろしくねー。

ー 2026年4月13日(月)

@小樽・銭函/銭楽

約3年半ぶりの銭函。
海沿いの街で、移住者が多く、サーフィンが盛んで、こだわりの個人飲食店も多い。以前暮らしていた湘南・鵠沼海岸との共通点も多く、風通しがよくて居心地のいい街だ。
ライブ会場・銭楽のコージ君&なおみちゃん夫妻、この日のライブを企画してくれて、オープニングではブルージーな弾き語りを聴かせてくれたシュンゴ君、シンガーソングライターのまさし君、モンパルナスの平山さん、街の名物住職・じゅんさん等々。嬉しい再会と新しい出会いがたくさんあった。
ライブはステージ半ばから、多くのお客さんが席を立ち、スタンディングで体を揺らし始める。煽り、煽られての大盛り上がり。
銭函にいる間、地域のさまざまな人たちと触れ合い、それぞれの暮らしの一端や住民同士のつながりに触れられたのもよかった。
不穏な社会状況だからこそなおさら、地域の柔軟なつながりの中で、それぞれの生活を美しくしていくことの大切さを感じる。
北海道ツアーファイナルが銭函・銭楽でよかった。今度はもっと早く銭函に帰ってきます。
北海道ツアーをブッキング&制作し、帯同してくれたMORROW・小西君には、今回も大変お世話になった。温泉に入ったり、美味いものを食べたり、知人を訪ねたりと、寄り道だらけの楽しい道中だった。
鹿や丹頂鶴、白鳥、キタキツネに遭遇し、北海道の豊かな自然に触れられたのもよかったし、移動中は主に自分がDJになって、カーステでたくさん音楽を聴けたのもよかった。
YouTubeであらためて観た、スーパーボウルでのバッド・バニーのパフォーマンスは凄すぎたなあ。
コニタン、これからもよろしくね。
各地でお世話になった皆さん、来てくれたお客さん、本当にありがとうございました。また笑顔で再会しましょう。

ー 2026年4月15日(水)

2026年4月6日月曜日

名前の数だけ命があって、その命は輝き、守られるべきもの ー 広島にて

昨日は、浜田市井野から広島市内に移動した後、会場入りまで時間があったので、久し振りに平和記念資料館に足を運んだ。
入場する前に少し躊躇を覚えたのは、この日のライブへの影響を懸念してのことだった。

結果、資料館を出た後は、やはりぐったりしてしまった。
けれど、行って良かった。
原爆投下というあまりにも非人道的で悲惨な出来事を、未来のために、この世界を生きる誰もが受け止めるべきだと思う。

見たところ、入場者の8割以上はインバウンドの観光客だった。海外の人たちが資料館を訪れるのはとても意味のあることだけれど、今のこういう時期だからこそ、あらためて日本人もこの資料館を体験すべきだと思った。

資料館の訪問は、この後のOTIS!でのステージに確実に影響を与えた。けれど、それは悪い影響ではなく、歌に込める思いの純度がいつも以上に高まった。
特に、アンコールの最後に弾き語った「見上げてごらん夜の星を」は、今までにない特別な歌唱だったように思う。

「名前の数だけ命があって、その命は輝き、守られるべきものだと思います。」
先日、音楽番組『ミュージックステーション』に出演した際の小泉今日子さんのメッセージが、この日の自分の思いと重なった気がした。

浜田市井野と広島での2日間を通して、OTIS!のマスター・佐伯さんには大変お世話になった。去年、奥さんを亡くされた佐伯さんの、前向きであろうとする姿に触れて、感じるところが大きかった。

ライブの告知に協力してくれたRCCラジオ『週末ナチュラリスト』パーソナリティーの岡佳奈さん、ちくりん、ボンバー、毎回打ち上げの段取りをしてくれるリョージくん、 カズ君、――いろんな人たちとのつながりで、今回も広島でのライブが成り立った。
彼らの存在がなければ、客席に隙間風が吹いていたと思う。
ありがとうございます。

打ち上げも楽しかったなあ。
よく飲み、よく笑いました。
みんな、これからもよろしくね。

ー 2026年4月6日(月)

2026年3月23日月曜日

正しく怒る

 『虎に翼』(NHK)のスピンオフドラマ『山田轟法律事務所』の余韻がまだ残ってる。

「人ってのは弱いから、鈍感に生きてる方が楽なんだよ。そういうやつらはさ、よねちゃんがそばにいるとぎゅうって胸がなる。それでさ、少しいい人間になりたくなるんだ。だから決して自分を曲げるな。今まで通り、怒り続けるよねちゃんでいるんだ。君の正義を信じて、正しく怒るんだよ。正しく不機嫌でいるんだ。」

増野がよねに送った言葉の中に、脚本の吉田恵里香さんが作品に込めた思いが集約されているように感じた。
自身の「怒り」に向き合い、その正体を知ることで、真っ当に怒りたい。その上で、対話を諦めずにいたい。 

「今は綺麗事、絵空事だとしても、どうせ進むならこっちの方がいい」 

強く、そう思う。

ー 2026年3月23日(月)

2026年3月22日日曜日

感覚を塞いだ先にあるもの ー 日米首脳会談への違和感

 SNS上では、日米首脳会談への評価が極端に分かれている。
立場というフィルターが、そうさせるのだろうか。

自分の感覚としては、「最悪の事態は避けられたのかもしれない」という安堵も残しつつ、高市・トランプ両者の振る舞いや言動は、見るに耐えなかった。
この「気持ち悪さ」や「おぞましさ」の感覚を、失いたくない。

「国益のためだ」「ビジネスなんだ」と、知ったふうな顔をしているうちに、人間としての尊厳や、矛盾への嫌悪感が麻痺していくように感じる。
「痛み」に対して鈍感になりたくない。

「国益のため」の一言で正当化するのは楽だろうけれど、そうやって感覚を塞いでいく先の未来は、ろくなもんじゃないと思う。

ー 2026年3月22日(日)

2026年3月20日金曜日

椎名林檎氏と成田悠輔氏の対談から受け取った違和感について

 文春オンラインに掲載された椎名林檎氏と成田悠輔氏の対談から受け取った違和感について考えている。
https://bunshun.jp/articles/-/84821 (全文は月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載)

対談では、「自分が意図していないのに批判される理不尽さ」への戸惑いが強調される一方で、「なぜそれが他者にとって問題になるのか」への想像力が薄いように感じた。

「表現の自由が窮屈になっている」という実感は理解できるし、それは時に自分自身の悩みでもある。
けれど、その表現がどんな歴史の上に立ち、どんな文脈に触れてしまうのか。
そこへの視点が欠けたままでは、「理不尽に叩かれている」という感覚だけが残ってしまう。

旭日旗が背負ってきた、戦争や軍国主義、植民地支配の歴史的文脈を無視して、「ただのイメージ」として扱うこと。
それは無自覚であっても、受け取る側によっては、やはり無神経で、場合によっては暴力的ですらあるのではないか。

また、「ほんの20年ぐらい前に敗戦したみたいな雰囲気」という認識にも違和感を持った。
日本社会における“ナショナルなもの”への距離感は、戦後ずっと揺れ続けてきたものであって、ここ最近になって突然変わったものではないはずだ。

歴史は一方向からだけでは見えないはずだ。
見えていなかったものが見えてきたとき、それを「過剰反応」と片付けるのか、それとも自分の認識を問い直す契機とするのか。
その分かれ目が露わになった対談だったように思う。

ー 2026年3月19日(木)

2026年3月12日木曜日

まだ小さな流れかもしれないけれど、確実に起きている変化

 「大きな出来事があっても、社会の大勢はそんなに大きく変わらない」
震災後も、コロナ後も、そうだった。

けれど、社会が元に戻ったとしても、自分の生活の手触りは変わった。
別の価値基準を経験してしまったので、もう後戻りはできない。

震災とコロナを経て、音楽だけでなく、日常レベルでの相互作用やシェアへの意識が深まった。
地域からの発信や、地域同士をつなぐ媒介人としての役割にも、以前よりやりがいを感じるようになった。

表現して共感を求めるだけでなく、音楽が「人をつなぐ装置」であること、共同体の中で人を結びつける媒介になりうることを、より強く意識するようになった。
それは、音楽の原初のあり方に戻っているのかもしれない。

震災以降の日本では、小規模ライブ、地域イベント、チャリティライブ、配信コミュニティなどが確実に増えた。
これは単に音楽産業が変化したというより、社会が音楽を必要とする形が変わってきたのだと思う。
音楽が、情報でも商品でもなく、「関係」そのものに向かっている。

巨大メディアを通さない、音楽を介した横のつながりは確実に広がっている。
人から人へ伝わる、新しい回路が生まれている実感がある。

それは、社会全体から見ればまだ小さな流れかもしれない。
けれど文化の現場では、確実に起きている変化だ。

こうした小さな変化が、何十年もかけて広がっていけばいいと思う。
自分はその流れの中に身を置いていたい。

「お花畑」とか「綺麗事」と言われることもあるけれど、自分の感覚や考えの多くは、体験と実践によって形作られてきたものだ。
こっちの方が、やりがいがあって楽しい。
みなさん、いつでも歓迎しますよ。

ー 2026年3月12日(木)