7月5日FaceBook投稿に編集加筆
YouTubeで見つけたテレビ番組の編集映像です。
https://www.youtube.com/watch?v=Zs5aXXkiGcA&feature=youtu.be
後藤田正晴は元々、内務省官僚出身、戦後は警察予備隊設立当時の警備課長を勤め、その後、警察権力のトップとして70年安保の大衆運動を鎮圧、田中派の政治家になってからは金権政治家とレッテル貼りされた時期もあります。中曽根政権では官房長官、宮沢内閣で副総理などを歴任。とにかく長く権力の中枢を歩き続けた人で、作家、市民運動家として活動してきた小田実とは対照的な立場にあります。けれど、過去の大戦の反省からナショナリズムの横行を抑え、平和主義に寄って立とうとする姿勢において、二人は共通しています。
以下、番組内の2人の言葉を取り上げます。
小田実は15年前の番組の中で、世界を「平和主義」と「戦争主義」に分けて語ります。
「『平和主義』とは、一切の問題解決は非暴力で行い、時間をかけても平和的解決を目指す。それが日本国憲法が目指す方向性。それに対して、普通の国、世界のほとんどの国は『戦争主義』。『戦争主義』とは『好戦主義』ではない。率先して戦争するわけでも侵略しようというわけでもなく、平和的な手段は行うけれど、最後の手段として戦争がある。」そう小田は定義し、
「国家のために市民が戦わなければならないとなれば、否応無しに徴兵制になる。そういうやり方を繰り返す限り、戦争が起こって民間人が殺される。このやり方にNOと言うなら、今こそ『平和主義』の大切さを考えなければならない時期だ。」と訴えます。
「銃を取らない変わりに、自分達は別のやり方で社会の為に奉仕する『良心的兵役拒否』という制度が、第2次世界大戦後に先進国で根付き始めたけれど、日本は平和憲法によって国家として『良心的兵役拒否』している。我々は、他の国とは違った形で世界に貢献することを示すべきだ。」
そう語る小田実の思いとは逆方向に、今の日本は舵を切ったようです。
「やりたいことは一人でもやる、一人でもやめる。『君が代』を歌いたければ、一人でも歌う。歌いたくなければ、一人でもやめる。制服を着たければ一人でも着る。着たくなければ一人でも着ない。日本人は、あまりにも右見て左見て、結局は何もしない。一人でもやる、一人でもやめるということを、今の若者にぜひやってほしい。」ー小田実
最近、自民党政権の中枢にいて、平和主義の思いを貫いた後藤田正晴に興味を持つようになり、彼の言動をたどっています。こういう人が現在の自民党の中にいてくれたら、もう少し政権の暴走に歯止めがかけられたのかもしれません。
以下、番組内での後藤田正晴の言葉です。
’86年のイラン・イラク戦争時、中曽根政権の官房長官だった後藤田正晴は、海上自衛隊の掃海艇のペルシャ湾派遣と海上保安庁の巡視船派遣に対して断固反対、体を張ってこれを阻止します。「今ペルシャ湾はイラン・イラク戦争によって好戦海域になっている。そのときに日本のタンカーを守ると言って、海上自衛艦が行くなり、海上保安庁の船が行って、そのときに自国の船を守るための自衛だと言って攻撃することがあれば、相手は自国への武力攻撃と理解して戦争になる。」番組内で後藤田はこう語っています。彼は、輸送と通信が近代戦争の中心であると考えていて、他の場でも当時の政府の認識の甘さを指摘しています。
アメリカがイラクに武力行使を行う直前(’03年)の番組出演で後藤田は、他出演者からの「戦争が始まればアメリカかイラクのどちらかにつくことを選ばなければならない」という意見に対して異議を唱え、「日本は、アメリカかイラクのどちらかを選ぶのではなく、国連を選ぶべき。アメリカ一辺倒に走って行くのはおかしい。」と主張します。後藤田は当時、自民党OBの立場から、自衛隊の海外派遣に対して、はっきりとNOの立場を表明していました。
「日本は一様、戦後、他国の人間を日本の武器で殺すことなく来れたけれど、国際情勢の変化で先行きがわからなくなる中、国民に説明のつかないようなことを政府がやり出した」として、後藤田は番組の中で当時の小泉政権に対する危惧を表明しています。「今度のイラクの場合も、日本は国連の決議に従うべきだ」というのが、後藤田の一環した考えでした。
ここからは番組内以外の言葉ですが、後藤田は、政治が「総理主導」「総理専制」に傾くことに対しても警告を発していました。小泉首相の郵政改革の手法に対しても「民主主義は手続きが一番大事。(首相のやり方は)粗暴過ぎる」と批判しています。’05年に亡くなる直前のインタビューではこのようにも語っています。
「『自衛』とか、『防衛』とかいう言葉は、時の政権の運用次第で、非常に乱暴な使い方になるんです。だからこそ私は、領域外ではあかんよ、と言うので、これが私の絶対条件なんです。」
後藤田は既に’96年のインタビューで、内外情勢が急激に代わり、先が不透明な状況で、集団的自衛権の容認に踏み出すべきではないと語っています。対米追従、自衛隊の領外派遣、武力行使に対して、一貫して反対の姿勢を取り続けた後藤田の危惧は、現実のものになりつつあります。
かつての自民党には、後藤田と共通する立場を取る政治家がある程度存在し、こういった考えが政権に一定の影響を与えていたと思うのですが、今の自民党はそういう歯止めとなる存在が力をなくしてしまったようです。安倍政権によって集団的自衛権が閣議決定されるまでの流れは、立憲主義に反する権力の暴走だと感じています。
後藤田は平和主義を唱えながらも、いわゆる護憲論者とは一線を画する発言もしていて、専守防衛の武装部隊として自衛隊の存在を憲法上認めること(そのかわり九条三項に「領域外における武力行使はこれを行わず」を明記することが絶対条件)や、九条二項、十三条の条文変更などを提案したりしています。
僕自身も、憲法を「再選択」する機会があっていいのではないか、その際は平和主義にのっとって現状の憲法の条文の一部を変えることを選択肢に入れ、矛盾を孕んだ自衛隊の存在を憲法で定義する必要があるのではとも考えるようになりました。
もちろん、現状の憲法に定められた手続きにのっとって行うことが大前提です。集団的自衛権の問題によって、皆が憲法について考える一つの機会になればよいと思います。結論を急ぎすぎず、考え続けようと思います。
後藤田正晴、小田実の2人の言論や政治活動のすべてが常に正しかったと言いたいわけではありません。自分が2人に共感するのは、過去の大戦の反省からナショナリズムの横行を抑え、平和主義と民主主義に寄って立とうとする姿勢です。
一方に流されず、事を急がず、今一度立ち止まり、振り返り、先人の言葉にも耳を傾けるべきだと思います。
長文へのお付き合い、ありがとうございました。
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