2026年6月30日火曜日

一人一人が輝く星 ー テレビドラマ『銀河の一票』最終回を観て色々つながった

 テレビドラマ『銀河の一票』最終回は、想像を超える伏線回収が見事で、第1話から観続けてよかったと思える印象深い内容だった。

「私、ずっと忘れてました。自分が一つの星だってことを。
忘れようとしてました。一個一個、強く光る力を持った星たちなのに、ぼんやりとした白い銀河って、まとめられて雑に扱われることを、なんとか受け入れなきゃって。
でも、違う。違いますよね。
私たちは、一人一人が輝く星で、銀河があんなに綺麗なのは、一つ一つの星が綺麗だから。(中略)
たった一人のあなたが放つ、たった一つの尊い光。銀河の一票」

「綺麗事だと揶揄されることを恐れずに、諦めず探しましょう。
銀河が、一つ一つの星が輝き続けられる道を。世界とあなたと私の幸福のために。」

野呂佳代演じる月岡あかりと、松下洸平演じるひやま流星。二人の演説の言葉は、テレビ音楽番組『ミュージックステーション』でのキョンキョン(小泉今日子)の次のMCとも重なった。

「名前の数だけ命があって、その命は輝き、守られるべきものだと思います。世界中の戦争が早く終わりますように」

このキョンキョンの言葉を聞いて思い出した歌が、坂本九が歌った『見上げてごらん夜の星を』だった。
作詞・永六輔と作曲・いずみたくが歌に込めた思いは、「一人一人の命の輝き」なんだろうと想像する。
戦争や国家による大きな物語によって、一人一人が丁寧に紡ぐ物語が蔑ろにされる世の中は、不幸だと思う。

「綺麗事じゃないよ、きれいなことだよ」

『銀河の一票』での黒木華演じる茉莉(まつり)のこのセリフを聞いて、沖縄のコザ騒動を描いた映画『宝島』での、妻夫木聡演じるグスクの言葉を思い出した。

「綺麗事に力がないことぐらいわかってる。
でもよ、オレは諦めんよ。諦めん人もいっぱいいるさ。(中略)
そんなバカみたいなことが続いたら、人間はもうおしまいど。(中略)
(それが人間だったとしても)それでもオレは諦めん」

ドラマ『銀河の一票』は、敵対ではなく、立場の異なる者同士が補い合う関係を描いてくれたことにも勇気づけられた。

これらの言葉を、自分はイデオロギーではなく、人としての態度として受け取っている。

「夢かもしれない
でも、その夢を見てるのは君一人じゃない。
世界中にいるのさ」
――「イマジン」より(日本語詞・忌野清志郎)

こうした作品や言葉に触れることで、自分は一人ではなく、人はさまざまな形でつながっていけるのだと思える。

ー 2026年6月30日(火)



2026年6月25日木曜日

ラベリングの向こう側へ ー ツアー先で感じる政治意識の変化

 去年あたりから、ツアー中に関係者や地元の人たちと政治や社会問題について話す機会が明らかに増えた。

こちらが積極的にそういった話題を持ち出すよう意識したわけではなく、自然にそういう会話をする機会が多くなった。

社会問題や政治について話す場合、以前はお互いがリベラルな立場であることが暗黙の了解になっていた。でも最近は、必ずしもそうではなくなってきた。中には、高市首相や自民党、参政党に一定の共感や支持を表明する人もいるし、移民反対の立場の人や、兵庫県の斉藤知事を応援する人と一緒に打ち上げで話をする機会もあった。

これまではリベラルな立場の人だと思っていたけれど、実際に話してみるとそうではなかったということもある。また、立場が右か左かではっきり分かれるわけでもなく、イシューごとに話しているうちに意見や考え方の違いが見えてくることもある。

一つの傾向として、これまであまり政治に関心がなかった人や、政治の話題を持ち出さなかった人たちが、自民党や参政党、高市首相への支持を表明することが多いように感じる。

そうした会話を重ねるなかで、時代のフェーズが変わったことを実感している。

各地で話をする人たちの多くは、SNSやブログでのこちらの発信をある程度チェックしてくれている。だから、右寄りであったり排外的な立場の人は、考え方の違いを認識したうえで会話に臨んでくれているのだろう。考えや立場が違っていても、話ができる相手だと認識してもらえているのなら、悪いことではないし、ありがたいとも思う。
こちらにも、譲れない一線があるけれど、まずは相手の話を聞くよう心がけている。

そうやって面と向かって話をすると、もちろんお互い感情的になることはあるけれど、SNS上とは違い、考え方の違いがあっても、一方的に相手をラベリングしたり、誹謗中傷したり、冷笑したりすることはほとんどない。

知らない仲ではなく、音楽を通して繋がった者同士でもあり、受け身を取り合えるギリギリの範囲内で議論しようとする信頼関係が、ある程度は成り立ちやすいのだと思う。

一方で、この数年の間に、SNSやブログを通じてこちらの政治的な発信に触れたことで、長い付き合いがあったにもかかわらず、自分と距離を置くようになった人も出てきた。これも以前にはなかった傾向だ(自分が気づいていなかった部分もあるかもしれないけれど)。
自分の側にもっと違った伝え方があったのではないかと自問自答したり、もう少し向き合って話がしたかったと残念に思ったりも するけれど、この1,2年の間で、こちらの考えや発信の仕方が別段変わったわけではないので、やはり相手の受け取り方や時代の空気の変化が大きいように感じる。

とにかく、対話の回路だけは閉ざさないように心掛け、結論を急いで互いを切り捨てるのではなく、関係性を維持する方向にプライオリティーを置きたい。
人との付き合いにおいても、ノイズだらけの面倒なプロセスを大切にしたいと思う。

ー 2026年6月25日(木)

2026年6月18日木曜日

崖っぷちのピアノマン ー 映画『ジェイムズ・ブッカー 愛すべきピアノ・ジャンキー』を観て

映画『ジェイムズ・ブッカー 愛すべきピアノ・ジャンキー』をやっと観ることができた。
見どころだらけだった。映画にしてくれて、本当にありがとうって気持ち。

ニューオーリンズのピアノマンの中でも、プロフェッサー・ロングヘアー、ドクター・ジョン、アラン・トゥーサンのピアノは、若い頃に頑張って耳コピにトライしたけれど、ジェイムズ・ブッカーのピアノは、特にボイシングが複雑かつ独創的すぎて、さじを投げた。

その複雑なピアノスタイルを、映画の中でハリー・コニック Jr. が実際に ピアノで“On the Sunny Side of the Street” を弾きながら解説していて、前のめりになって凝視したけれど、あらためてこれは無理だと思った。

あのテクニシャンのハリー・コニック Jr. でさえ、見事な分析をした上で、「難しすぎて正気とは思えない」と語るほどだ。

パンフレットに掲載されていた山岸潤史さんのインタビューの言葉が、とても印象に残った。

「酔拳ってあるでしょ? いつ落ちるかわからないけど落ちない。ずっと崖っぷちで弾いてる。ブッカーはその典型」

ギリギリで踏みとどまりながら演奏する感覚は、自分にも分かる気がする。

映画の中のジェイムズ・ブッカーの破天荒な姿を通して、自分がニューオーリンズのピアニストに惹かれる大きな要素が「ストリートのアウトロー感」であることを再認識した。「路上」ではなく、あえて「ストリート」と表するのは、その言葉が、周囲の街並みやコミュニティも含んだ空間を内包しているからだ。
自分が思い入れを抱くニューオーリンズのピアノマン達は、ストリートでの体験を経て、それぞれが独自のやり方で枠からはみ出していく愛すべき存在なのだ。

パンフレットの中で、矢野顕子さんは「精神疾患も飲酒も麻薬もない、音楽のかたまりのジェイムズ・ブッカーが紡ぎ出す音は、歓びと美しさに満ちていたに違いない」とのコメントを寄せていたけれど、自分はその考えに与しきれない。
悲劇を望むわけではないけれど、その傷や危うさが彼の崖っぷちの魅力につながったのではないだろうか。

もっと長く生きて活躍する姿を見たかったと思う反面、どうしてもはみ出してしまうジャンキーの儚い輝きと哀愁こそが、ジェイムズ・ブッカーの唯一無二の魅力だったようにも思うのだ。

ー 2026年6月18日(木)



2026年6月16日火曜日

ニューヨークの友部正人さんと由美さん ー 映画『遠来』を観て

昨日、東京から京都の自宅へ帰る前に、キャリーバッグを転がしたまま京都シネマへ向かい、約10年前にニューヨークで暮らしていたシンガー・ソング・ライターで詩人の友部正人さんと、写真家であり友部さんのプロデューサーでもある奥さんの由美さんを描いたドキュメンタリー映画『遠来』を観てきた。

とても良かった。

何より良かったのは、公園や街中、部屋で、音響に頼らず生音で弾き語る友部さんの姿が実に見事に捉えられていたことだ。画面を通じて、友部さんのフォークシンガーとしての魅力、その年代ならではの瑞々しさが真っ直ぐに伝わってきた。

編集も素晴らしく、伊勢真一監督の友部さんへの深いリスペクトが十分に感じられた。

映像を担当した伊勢監督の息子さん、伊勢朋矢氏による、スタイリッシュになり過ぎない、モダンで臨場感のあるカメラワークも印象に残った。

歌い、朗読する友部さんを捉える長回しのカメラは、まるで友部さんとセッションしているかのようで、映像そのものが生き生きとしていた。カメラのアップにも動じない友部さんの表情も、その人柄をよく映し出していた。

友部さん、由美さんと長年お付き合いさせてもらっている者としては、ニューヨークまで2人を訪ねることが一度も叶わなかったので、そこで暮らす友部さんと由美さん、マラソンを走る友部さん、そしてそれを応援する由美さんの姿を初めて見ることができて嬉しかった。

映画を観ながら、「2人はニューヨークで再婚したんだなあ」と思った。

写真家であり、友部さんのプロデューサーでもある由美さんの存在が、作品の中にしっかりと刻まれていたことも嬉しかった。

上映後には、伊勢監督と、京都在住で友部さんと同世代のシンガー・ソング・ライター、豊田勇造さんによるトークショーがあった。お2人にも久しぶりにお会いし、話をすることができた。

勇造さんが弾き語ってくれた「友部君」も、とても良かった。

映画を通して、友部さんがこの時代を生きる自分達に、多くを語りかけ、問いかけているような気がした。その言葉や歌は、映画の撮影が始まった10年前よりも、さらに重みとリアリティを増しているように思えた。

映画を観て、また、友部さん、由美さんに会いたくなった。

ー 2026年6月16日(火)