映画『ジェイムズ・ブッカー 愛すべきピアノ・ジャンキー』をやっと観ることができた。
見どころだらけだった。映画にしてくれて、本当にありがとうって気持ち。
ニューオーリンズのピアノマンの中でも、プロフェッサー・ロングヘアー、ドクター・ジョン、アラン・トゥーサンのピアノは、若い頃に頑張って耳コピにトライしたけれど、ジェイムズ・ブッカーのピアノは、特にボイシングが複雑かつ独創的すぎて、さじを投げた。
その複雑なピアノスタイルを、映画の中でハリー・コニック Jr. が実際に ピアノで“On the Sunny Side of the Street” を弾きながら解説していて、前のめりになって凝視したけれど、あらためてこれは無理だと思った。
あのテクニシャンのハリー・コニック Jr. でさえ、見事な分析をした上で、「難しすぎて正気とは思えない」と語るほどだ。
パンフレットに掲載されていた山岸潤史さんのインタビューの言葉が、とても印象に残った。
「酔拳ってあるでしょ? いつ落ちるかわからないけど落ちない。ずっと崖っぷちで弾いてる。ブッカーはその典型」
ギリギリで踏みとどまりながら演奏する感覚は、自分にも分かる気がする。
映画の中のジェイムズ・ブッカーの破天荒な姿を通して、自分がニューオーリンズのピアニストに惹かれる大きな要素が「ストリートのアウトロー感」であることを再認識した。「路上」ではなく、あえて「ストリート」と表するのは、その言葉が、周囲の街並みやコミュニティも含んだ空間を内包しているからだ。
自分が思い入れを抱くニューオーリンズのピアノマン達は、ストリートでの体験を経て、それぞれが独自のやり方で枠からはみ出していく愛すべき存在なのだ。
パンフレットの中で、矢野顕子さんは「精神疾患も飲酒も麻薬もない、音楽のかたまりのジェイムズ・ブッカーが紡ぎ出す音は、歓びと美しさに満ちていたに違いない」とのコメントを寄せていたけれど、自分はその考えに与しきれない。
悲劇を望むわけではないけれど、その傷や危うさが彼の崖っぷちの魅力につながったのではないだろうか。
もっと長く生きて活躍する姿を見たかったと思う反面、どうしてもはみ出してしまうジャンキーの儚い輝きと哀愁こそが、ジェイムズ・ブッカーの唯一無二の魅力だったようにも思うのだ。
ー 2026年6月18日(木)
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