2009年1月8日木曜日

生産、拡大、整理、縮小

 大晦日は知人が経営する大阪のバーで、格闘技イベント「ダイナマイト」をTV観戦したりしながら新年を迎えた。
 午前中には京都の実家に帰り、翌2日は地元京都の同級生と恒例の新年会で3件ハシゴ。
 3、4日は、これもここ数年恒例となっている知り合い5家族が集まっての賑やかな温泉旅行。今回は丹後半島を巡った。
 5日は京都でお墓参りした後、久し振りに藤沢の自宅に戻る。
 6日は三重から知人が遊びに来て、野郎3人が集まり、藤沢駅界隈で4件ハシゴ。
 7日は宮城から知りあい夫婦が遊びに来て、江ノ島界隈で飲む。

 本日は何の行事もなくて、年が明けて以来、やっと落ち着けたという感じ。
 年末に枯らしてしまった声もすっかりもとに戻って、年明けからずっと元気である。考えてみると40代になってからも体力が落ちたという自覚があまりない。一昨年に成人病が発覚したのだが、今は持ち直している。
 ありがたいことに出会いも多くて、仕事が前よりも楽しい。男の40代はまだまだ仕事盛り、遊び盛りだと実感する。
 しかしふと思うのである。自分は一体いつまでこういう暮らしを続けるのだろうか?と。
 ちょっと整理がつかなくなってきている。いろんな蓄積ができて、あれもしたい、これもしたいと思っても、何から手を付けてよいのか、うまくまとめたり繋げたりできないまま、旅が続いている感じがする。
 どうやら自分の中で、相変わらず欲を持って生産、拡大に向かい続ける自分がいる一方で、自分の身の丈を意識して、整理、縮小方向に向かおうとするもう1人の自分の存在も大きくなり始めているようなのだ。
 盛りではあるけれど、死というものに対する意識は以前よりも強まっている。やはりそれ相応の年代に突入したということのだろう。
 今のところ、整理、縮小の指向が強まれば、その分生産、拡大の指向が弱まるという反比例の関係に必ずしもならないところがやっかいである。
 整理、縮小に向かうことが、ある部分での生産、拡大に結びつくんじゃないかという気もしている(かように理屈というのは逆説に至りがちだ)。まあ、そういう期待をする時点で我欲があるわけで、煩悩を完全に消すなんて死ぬまで無理かも。
 男の40代は割とややこしいのかもしれない。あんまりそんなふうに思ったことなかったけど。女性の40代はどうなんだろう?
 まあややこしい故に面白い、味わい深い年代に突入したようにも思うのだ。突き進むばかりではなく、立ち止まって、逡巡し、問いかけを繰り返す時間が、これからの自分の暮らしを豊かにしてくれるのだろう。
 
 今月は余裕をもって曲作りをするつもり。曲作りは、蓄積を前提にした天からのひらめきを頼りに、点と点をつなげてゆくような作業である。その中で、色々と見えてくることがあるように思う。


 皆さん、今年もどうかよろしく。
 またいい時間をシェアしませう。
 お祝いの書き込み、どうもありがとうごさいます。

★城崎にて
★湘南海岸にて

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