2026年2月24日火曜日

揺れながら橋の上に立つ ー トーンポリシングについて

内容(WHAT)よりも伝え方(HOW)ばかりを意識していると、結果的に、自分がトーンポリシングに加担してしまうのではないかと不安になることがある。

トーンポリシングとは、議論の内容(本質)ではなく、その伝え方や感情のあり方を問題にすることで、相手の主張を封じ込めたり、論点を逸らしたりする行為を指す。日本語では「話し方警察」と呼ばれることもある。

怒りや悲しみといった強い感情を伴う発言に対し、その感情そのものを理由に議論を退けるのが典型的なかたちだ。とりわけ、社会的弱者や抑圧されている立場の人が声を上げたときに、より強い立場の側がその声を抑え込む手段として機能することが多い。主張の内容が正しくても、口調や表現を「不適切」として退けることで、被害の訴え自体を無効化してしまうのだ。

「自分は冷静だ」という意識が精神的な優位に変わり、怒りを未熟な感情とみなしたとき、その態度は「話し方警察」に近づいていくのだろう。

けれども、議論の本質から目を逸らさず、理不尽に対する怒りの背景に心を寄せ、当事者性を引き受け続ける限り、その姿勢はトーンポリシングとは別の回路にあるはずだ。

怒りを守ることと、怒りの表現を問い直すことは、きっと両立できるはずだ。
その両立を手放さずにいたい。

自分は、揺れながら橋の上に立ち続けたい。
怒りの背景を見過ごさず、その本質を可視化し、翻訳しようとする側でありたい。

ー 2026年2月24日(火)

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