今回の沖縄県知事選挙の結果を受けて、色々考えさせられている。
2年前の兵庫県知事選、昨年の宮城県知事選でも問題となった、ネット空間でのデマや誹謗(ひぼう)中傷が、今回はさらに激しく横行したことに、民主主義の土台が崩れてゆくような強い危機感を覚えている。
ただ、今回の古謝氏の当選という選挙結果を、ネット空間でのデマや誹謗中傷の影響も含めて、どう受け止め、どう読み解けばいいのかについては、慎重でありたいと思う。選挙によって示された民意であることは間違いないとしても、それを単純な一つの意思として捉えることは、沖縄で暮らす人達の複雑な思いを切り捨ててしまいかねない気がするのだ。
抽象的な政治言語だけに閉じることなく、ツアーで毎年訪れる沖縄での体験や、そこで出会った人たちのことを思い出しながら考えたい。
沖縄のことを考える時に、忘れられない思い出がある。
今から12年前、米軍普天間飛行場の移設予定地となっている辺野古を訪れて、アップルタウンと呼ばれる社交街で、地元の方々と交流した体験だ。その時の出来事をまとめてブログに投稿するまで1年を要した。それでも、体験したすべてを具体的に書き記すことには躊躇を覚えて、思い留まった。
《気まぐれダイアリー「辺野古の埋め立て承認取り消しで考えたことー1年前に辺野古を訪れたときのこと」》
今回の選挙では「基地問題」よりも「暮らし・経済」が大きな争点になったとされているけれど、両者の問題は地続きなんだということを、その時に痛感した。
選挙結果を受けて「基地移設を容認する人が増えた」とだけ理解するのは、おそらく地域の感情を単純化しすぎている。
沖縄において、基地問題は賛成・反対の二元論で語れる単純な問題ではない。
12年前に辺野古を訪れ、そこで暮らす人たちと酒を酌み交わし、時には感情的になりながら語り合って感じたのは、基地に賛成か反対かという2択では捉えきれない、地域で暮らす人たちの複雑な思いや、積み重なった疲労・絶望だった。
「本当は地元の誰も積極的には基地移設に賛成していない」
これは地元の基地移設容認派のリーダー的存在の方から聞いた言葉だ。
辺野古で暮らす人達にとって、基地移設はイエスかノーで解決できる問題ではなく、自分達の暮らしと町の将来にからめた条件闘争として考えざるを得ないのだ。
もう一つ、両親が米軍嘉手納基地で働いていた沖縄民謡歌手・古謝美佐子さんの話も忘れられない。
《気まぐれダイアリー「古謝美佐子さんのこと」》
古謝さんは幼い頃に父親を、基地内でアメリカ軍の車両にひかれる事故で亡くされている。
当時、うかがった話では、「自分には基地に育てられたという思いもある。日本に存在する米軍基地の70%が沖縄に集中しているのはおかしいことだと思うし、辺野古への基地移設も反対だけれど、基地で働いていた地元の人達とのつながりもあり、そういった人達の気持ちを気遣うと、自分が声を上げて辺野古移設に反対することには躊躇がある」とのことだった。
けれど、その後、古謝さんは辺野古基地移設反対の意志を公に表明し、行動されるようになる。そこに至るまでには、自分が声を上げることで繋がりのある誰かを傷つけるかもしれないという葛藤も含め、さまざまな思いがあったのだろうと思う。
今回の選挙結果を受けて、そんな過去の体験をあらためて思い返している。
基地移設反対運動が、その地域で暮らす人達一人ひとりの思いや立場・暮らしを無視するものであってはならないし、「国」や「国益」といった大きな言葉が、そこに暮らす一人ひとりを蔑ろにすることがあってはならないと思う。
今回の選挙結果を受けて、もう一度そこに立ち返って考えたい。
ー 2026年9月14日(月)
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