2023年7月13日木曜日

当事者意識 ー 山下達郎さんのコメントを受けて

FM番組「サンデー・ソングブック」での山下達郎さんの一連のコメントに対して、「『犯罪は許されないが尊敬している』ではなく『尊敬しているが犯罪は許されない』という伝え方もあった」との誰かの書き込みを目にして、自分が抱いた違和感の一部を代弁してもらったような気がした。

加害者であるジャニー喜多川氏に対する尊敬や感謝よりも、被害者に思いを寄せる言葉を聞きたかった。そう感じているのは、自分1人じゃないだろう。
「それとこれとは話が別だし、その期待自体がお門違いだ」と言う人もいる。実際、松尾潔氏の達郎さんへの期待は、一部の人が抱いていた幻想を残酷に壊す結果をもたらしたと思う。

性加害が憶測であるとの認識は明らかに間違っているし、多くの人は「知らなかった」を「知ろうとしなかった」と同義語としてととらえただろう。自分もその1人だ。
けれど、それは一個人に限られた特別な態度ではない。

感情的な非難が一方的に達郎さんに向かうことで、構造的な問題や事の本質がかえって隠されてゆくように思う。
非難する側も擁護する側もどちらも、誰かや何かのせいにばかりしたがっているように見える。
吉田豪氏の言葉を借りれば、この件は「誰もがうっすら共犯関係にあった」のだと思う。

「私たち一人一人が、この国が抱える問題として当事者意識を持ち、みんなで膿を出すというところに、舵を切るべきじゃないでしょうか」
松尾潔氏が「提言」として行なったこの発言を真摯に受け止めたい。

ー Facebook2023年7月11日の投稿からの転載

2023年7月5日水曜日

「保身」「後ろめたさ」「無意識」と「構造的な問題」


自分のSNSの投稿を読んだ音楽業界の先輩Aさんから連絡をいただき、長話しさせてもらった。Aさんの語り口からは、誰かに伝えずにはおれない、やりきれなさのようなものが伝わってきた。

問題となっている某事務所との関わりが深かったAさんの知る過去の実情を色々と教えてもらったのだけれど、それは聞きしに勝る内容だった。
話を受けて、「そんなひどい構造的な問題が何十年と続いていたんですね」と自分が言うと、Aさんから「すべて保身なんだよ」との言葉が返ってきた。

電話を切った後も「保身」という言葉がずっと心に引っかかり続けた。自分は、その言葉を、単に誰かを非難するためだけの言葉としては受け取れなかった。「保身」は、自分も含め大抵の人が行いがちなふるまいだ。Aさんも、そのことを自覚しての発言だったように思う。

この件に関しては、これからも自身の「保身」に向き合った上での「告発」が続くのかもしれない。一方では、表立たないところで、そういった「告発」に反発する流れも存在している。

少し前にSNSで、この問題に関して、加害者ではなく被害者である告発者の側を、「何を今更」といった調子で、自己責任をふりかざして強く非難する投稿を見かけた。そういった考えを持つ人が一定数いることはわかっていたけれど、その投稿の内容以上にショックだったのは、「よくぞ言ってくれた」とばかりに、投稿に賛同するコメントが多数寄せられていたことだった。

「弱い者たちが夕暮れ  さらに弱い者を叩く」 ー ブルーハーツ / TRAIN TRAIN

このやりきれない一節を僕らは、なかなか乗り越えてゆくことができない。

「もしかしたら、告発者を非難するその投稿は、それぞれが無意識に抱えていた『保身』や『後ろめたさ』を掻き消してくれる内容だったのかもしれない」
Aさんからの電話を受けた後に、そんなことを思った。そう考えるのは、自分自身の過去の言動にも思い当たる節があるからだ。

「『沈黙』は共犯だ」と声高に叫ぶことを躊躇してしまうのは、自分も「共犯者」だった過去があり、今も「共犯者」かもしれないと考えてしまうからだ。
かと言って、「共犯者」たる自分を正当化することにも躊躇を覚える。声高には叫ばずとも、自分自身の問題と捉えながら言葉を探し、時には発言し、行動したいとも思う。
こういった煮えきれない思いを言葉にするには、いつも時間がかかる。でも、それでいいのかもしれない。
条件反射を控えて、これからも乗り遅れてゆこうと思う。

Aさんとの話に戻れば、「構造的な問題」と「保身」はつながっているのだと思う。
隠し持った「保身」や「後ろめたさ」に向き合うことなしに、構造的な問題を乗り越えることはできないのだろう。

ー 2023年7月5日(水)

2023年6月28日水曜日

「怪物化」を防ぐ手立て ー 映画『怪物』を観て

 是枝裕和監督『怪物』は、何度も観直したくなる映画だった。
説明のない示唆的なシーンが多く、もう1度観れば、もっと多くの伏線に気づくだろうし、作品に対する印象も変化するかもしれない。

観客は映画を通して、自身が心の中でいくつもの「怪物」を育くんでゆく過程を体験する。
複数の個人それぞれの視点と、「怪物」化された個人それぞれの日常を伝えてゆくことで、「怪物」の正体は徐々に明らかにされてゆく。その過程を経て、「言葉の呪い」が解かれはじめ、「怪物化」された個人は血の通った自分達と同じか弱い1個人へとかえってゆく。

他者の日常に触れること、対話の試みを続けることが他者の「怪物化」を防ぐ手立てとなることを、この作品は観るものへ伝える、というよりも体験させてくれる。
見事なストーリー展開、斬新な脚本(坂元裕二)。単純な答えや結末を用意せず、受け手を信頼して想像を委ねる姿勢に、表現者としての志の高さと誠実さを感じた。

この映画を観て、全体につきまとうモヤモヤとした不穏な空気や、自身の中にある「無意識の加害性」に向き合わされる展開に、違和感を抱いたり拒絶反応を示す人もいるだろうと思う。けれど、そこにこそ作品のキモが含まれている。
『怪物』は、観る者に心の裂け目を生じさせる。その裂け目に蓋をするのか、それとも恐る恐る覗こうとするのかでも、作品に対する評価は分かれそうだ。自分は、この映画のモヤモヤも含んだ余韻を味わい続けたいと思う。

音楽を担当した坂本龍一の余白だらけのピアノは、その存在を隠すくらい常に場面に寄り添い、作品と一体化していた。
役者さんそれぞれの演技が素晴らしく、街と自然が隣接する諏訪をロケ地とした映像も美しく効果的だった。映画という総合芸術ならではの幸せな化学反応に満ちた作品だと感じた。

これ以上書くとネタバレが過ぎるのでやめときますが、同時代にこういう映画に出会えて勇気づけられました。

ー 2023年6月28日(水)

2023年6月1日木曜日

早すぎるよ〜! ー コロナ前に戻るのではなく

コロナが収まってきた影響で、都市部は特に、ライブをやる側も受ける側のお店も、スケジュールを埋めるペースが格段に早くなった。

週末のブッキングは半年以上先でも埋まってることが多く(イベンターさんが1年程前から押さえてるパターンも多い)、よほど先でないと押さえるのが難しくなった。コロナ前に戻ったというか、それ以上のペースかも。

メジャー系の人達が、ホール以外のライブ・スポットでライブをやる機会が増えたことも影響しているのだろう。
そういった状況に対応しきれなかったり、対応しようとし過ぎて、しんどさを感じたりもする。

今となっては、1週間後のライブを決めたりしてたコロナ禍が懐かしく思えたりもする。
仕事がないつらさに比べれば贅沢な悩みかもしれないけれど、もうちょっと適当に、その時の思いつきで動けるスペースも残しておきたい。

コロナ禍前に戻るのではなく、コロナ禍を経た上での自分なりの活動ができたらと思う。

ー 2023年6月1日(木)

2023年5月29日月曜日

「暗い本音」と「卵の側」

時代が進んで価値観が変化したことで今では許されなくなった行為もあるけれど、ジャニー喜多川の件に関しては当時から許してはいけない行為だったと思う。

今の時代に至っても、声を上げた弱い立場の者がひどく叩かれる状況にあることが悲しい。
人々の「暗い本音」が可視化される時代だからこそ、そういった側面が余計に目立つのかもしれない。

<高くて頑丈な壁と、壁にぶつかれば壊れてしまう卵があるなら、私はいつでも卵の側に立とう>
作家の村上春樹がイスラエルの文学賞「エルサレム賞」の授賞式で行った記念講演において、「小説を書いている時、いつも心に留めていること」として語った言葉だ。
自分もそのような立場でありたい。

ー 2023年5月29日(月)

2023年5月23日火曜日

G7広島サミットに思うこと

自分には広島サミットの正否を一刀両断することはできない。いくつもの成果があったのかもしれないけれど、判断しきれない。
ただ、原爆が投下された広島という地で、核保有が正当化されることや戦地への戦闘機投入が決められてゆくことへの心の痛み、もどかしい矛盾を忘れずにいたいと思う(自分自身も矛盾を抱えている)。

平和記念公園を訪れた各国首脳は何を感じとったのだろう(ウクライナのゼレンスキー大統領の演説の中の『歴史という石に、影のみを残すことになるかもしれない国』という言い回しは、直前に平和記念資料館で見た「人影の石」を念頭に置いたもののようだ)。特に広島に原爆を投下した当事国アメリカのバイデン大統領のコメントを聞きたかった。

広島サミットを通して、日本だけじゃなく世界が大きな流れに飲み込まれようとしてる、いや既に飲み込まれているような不安を感じた。
立ち止まって振り返り内省する時間の大切さをあらためて思う。

広島の悲惨が繰り返されないことを願うと同時に、ウクライナからのロシア軍完全撤退を前提とした早期の停戦を心から願っている。
悲惨は今現在も続いている。

ー 2023年5月23日(火)

2023年5月2日火曜日

清志郎さんの命日に、ギターパンダの新譜「オールオーバージャパンダ」を聴く

 清志郎さんの命日に、忌野清志郎&2,3sのメンバーだったギターパンダこと山川のりを君の新譜「オールオーバージャパンダ」を聴いている。


自分の知る限り、日本のミュージシャンの中で忌野清志郎イズムを最も継承している一人は、間違いなくギターパンダだと思う。新譜を聴いて、その思いをさらに強くした。 
https://guitarpanda.base.shop
でも、それがロックファンやRCサクセション、清志郎さんファンにも十分知れ渡っていないようなのが残念だし、おかしいなあと思う。 

ロックは楽しいだけの音楽じゃなくて、違和感や問題提起、内省を含んだダンスミュージックであるところに自分は魅力を感じ、影響されてきた。
ユーモアとペーソスを忘れずに、忖度なく違和感や問題提起を歌にするのりを君の音楽は、まさに自分が思うところのロックだ。

今ののりを君は清志郎イズムを受け継ぐだけでなく、清志郎さんがやれなかったこともやってるように思う。
僕らは受け継ぐだけでなく、その先を手探りで歩くべきなのだ。

ー 2023年5月2日(火)