2012年1月29日日曜日

レコーディング!

 ツアーから戻って息つく間もなくスタジオ入りして、レコーディング。2日間で2曲、すごく弾けたテイクが録れた!

2012年1月26日木曜日

みちのく旅団 被災地ツアー2日目、そしてファイナルー音楽って、歌って、すごいなあ。

『ソウル・フラワー・みちのく旅団 with リクオ 被災地出前ライヴ・ツアー』
宮城県東松島市 矢本グリーンタウン2あおぞら集会所
仙台市 岸田清美県政事務所
 朝方、強い揺れで目が覚める。震度4の余震。

 石巻から東松島に向かう前に、石巻の楽器屋さん「サルコヤ」に寄らせてもらう。昨年5月に店の前を通り過ぎた時には、シャッターが閉まっていて、気になっていたのだ。お店のご主人とも少し話しさせてもらう。
 3.11の津波で、お店は1メートル70センチの浸水、多くの楽器が海水に浸ってしまったそう。そんな状況の中でも、ボランティアの人達の協力も受けな がら、店は再開を目指し、店に置いていたピアノも修復、そのピアノを使ってのコンサートも催し、昨年8月、再オープンにこぎつけたのだそう。経緯を知っ て、じーんときた。

 松島の仮設住宅集会所でのライブのこと。1曲目の「アリラン」を中川君が歌い出したら、客席最前列の女性が号泣し始めた。ライブ後に、その女性と話しさ せてもらったら、震災でなくなった夫が「アリラン」を好きで、よく口ずさんでいたのだそう。彼女はライブの後半では、楽しそうに手拍子してくれていた。涙 あり、笑いあり。自分達のステージで、少しでも感情を解放してもらえたら嬉しい。こういう場でのライブでは、演者と聴衆という関係性が曖昧になり、両者の 隔たりがなくなってゆくような感覚がある。音楽の原点に近づいているのかもしれない。
 ライブ後に、88歳になるというおばあさんが、泣きながら「音楽で泣いたのは人生で初めて。ありがとうね。」と話しかけてくれた。こちらこそありがとう。音楽ってすごいなあ。

 今回の仙台ライブに関わってくれた西村茂樹君とは、彼がグルーヴァーズに在籍していた20数年前に知り合い、一時は同じ音楽事務所に所属していたことも あった。西村君とは、昨年5月、南三陸志津川で、本当に久し振りに再会した。彼もボランティアで被災地に入っていたのだ。ほんと、人の縁は不思議。でも必 然の再会のようにも思えた。
 西村君が関わる障がい者作業所「被災地障がい者センターみやぎ」がこの日の仙台ライブの製作を協力してくれた縁で、この日のライブには車椅子の人達もブに多く参加してくれた。
 ライブの選曲は本番のステージで決めた。今回の4公演のライブの中では、平均年齢が一番低く、ソウルフラワーとリクオの音楽を好きで来てくれている人も 多かったので、選曲はオリジナル曲の割合が増えた。心がほぐれてゆくような、とても暖かな空間になった。しかし、「アンパンマン」はどこで演っても鉄板や なあ。
 事実上、アコースティックパルチザンにとって、このライブがツアーファイナル。このユニットに参加することで、たくさんの出会いをもらい、色んな貴重な経験をさせてもらった。感謝。

2011年12月30日金曜日

年の瀬に、釜ヶ崎を訪れる

関西が誇るボッサ演歌のオリジネイター、カオリーニョ藤原に誘われて、久し振りに釜ヶ崎を訪れる。カオリーニョと動物園前駅で待ち合わせして、まず、難波屋という立ち飲み屋に連れて行かれ、日中から飲む。
 難波屋はカウンター席の奥の部屋が、ライブスペースになっていて、定期的に投げ銭ライブが開催されているのだそう。近年、釜ヶ崎界隈には多くの表現者が移り住んでいて、街の中にいくつものライブスポットが点在しているのだそうだ。
 それにしても難波屋の値段の安さには驚いた。やはり、ドヤ街ということで、物価は他の街よりも相当に安い。
 ひとしきり飲んだ後、お店のスタッフのSちゃんとカオリーニョに、街を案内してもらう。「じゃりん子チエ」の舞台にもなった萩之茶屋町から越冬闘争開催 中の三角公園(この公園で毎日炊き出しが行われている)を経て、飛田新知(表向きは料亭が立ち並ぶ色町)を通り抜け、新世界(歓楽街)まで、小1時間。目 にうつる全てが新鮮で、強力な印象を受けた。街が発散するニオイ、むき出しの佇まいに圧倒された。そして、短時間で色々と考えさせられもした。この街に接 したら、日本が抱える矛盾、ひずみを感じざるを得なくなるだろう。
 また、釜ヶ崎を訪問したい、色んな人をこの街に連れてきたい、と思った。

2011年12月29日木曜日

音楽と共に在る喜び

 2011年の仕事納めは、大阪にてケイヤンとのコンビで、ネイブとマーサでのライブイベントを掛け持ちする。
 ネイブのイベントは、年内でネイブを卒業するネイブ・スタッフ堤野君の卒業記念イベント。毎夏に大阪で開催されるサーキット形式イベント「見放題」のス タッフでもある堤野君には、ここ数年、色々とお世話になってきた。彼がネイブを卒業する理由はよく知らないし、これから何をするかも聞いていないけれど、 きっとこれからも地域に密着しながら音楽との関わりを続けてくれるのだと思う。
 堤野君、お疲れさん。そしてこれからもよろしく。

 オレの年末ワンマンライブと連日で行われるマーサの周年イベントも恒例化してきた。夕方からイベントが開演して、マーサにゆかりのミュージシャン10数 組が、それぞれ3曲づつ、リレー形式で演奏してゆく内容。今年はマーサ社長片平の高1の息子、泰斗が、親子競演でデビュー。エレキギターを弾く姿が実に 初々しかった。彼が生まれた頃から成長を見続けているので、この日の親子競演は感慨深いものがあった。
 イベントの最後は、オレとケイヤンのデュオで盛り上げた後、二人がホスト役になって、さまざまな出演者が入り乱れてのセッションタイム。
 そのセッションに、学生時代に一緒にバンドをやっていた外村伸二、西山元樹、マーサ社長の片平が参加していたのが、とても感慨深かった。彼らとバンドを 始めたことが、自分の今に至る音楽活動の原点だと思っている。出会ってから26年の歳月を経て、こうやってまた一緒に音を交わし合えることが、ほんとに嬉 しかった。
 外村伸二が今年21年振りにリリースしたアルバム「ストーリーズ」は、特に同世代の人達に聴いてもらいたい染み入るアルバムだ。自分も1曲、参加してます。

 2011年は、あまりにも大きな出来事があって、まだ重々しいものを抱えたままだけれど、だからこそ余計に、音楽と共に在れたことを、ほんとにありがたく思う。
 2011年に抱えた思いを、来年はさらに形にしてゆきたいと思う。
 
 この日もライブの後、多いに打ち上がり、朝方迄セッション大会。

2011年12月28日水曜日

年末恒例、マーサでスペシャル忘年会

『リクオのスペシャル忘年会 2011!』
【会場】大阪 martha(dinning cafe+goods)
【ゲスト】 キムウリョン(元cutman-booche)
 恒例になっているマーサでの年末ライブ、今年のゲストは元cutman-boocheのウリョン。
 バンドを解散して約1年。最近はソロでの弾き語りライブを精力的にやっているようで、その成果がこの日のステージにも表れていた。半年前に共演した時に 比べて、彼ならではの弾き語りの色が出てきたように感じた。サンプリングを使っての演奏は新鮮で、とても効果的だった。声の魅力、リズムの良さは相変わら ず。洗練、スタイリッシュと土着、泥臭さが同居しているところが、同世代のミュージシャンには見られない彼の個性の1つになっている。同じステージで、憂 歌団とフイッシュマンズの楽曲をカバーするミュージシャンって、なかなかいないと思う。
 一昨日に共演したシェキナベイベーズに対しても同じ感覚なのだけれど、ウリョンとは世代が随分離れていても、音を交わす上での共通言語がたくさんある。 もちろん、世代の違いからくるであろう感性の違いもあって、それが自分に新鮮な刺激を与えてくれてもいる。世代の違う人間と、リスペクトを持って音を交わ し合えるのは、とても幸せなことだと思う。自分が、ウリョンの元相方コミヤンと、来年からバンド活動を始めるというのも、何とも不思議な巡り合わせだ。

 1年前、マーサにやってきたアプライトピアノは、1年かけて、お店と何人ものピアノ弾きに愛でられて、格段に鳴りがよくなっていた。マーサならでは、そして2011年の年末ならではのライブができたように思う。
 忘年会ライブとはいえ、今年は忘れられない、忘れちゃいけないことがたくさんあった1年だったなあ。

2011年12月26日月曜日

シェキナベイベーズは、ええで!

大阪市塚本 ハウリンバー
「~シェキナパーティVol.5~」
【出演】高木まひことシェキナベイベーズ/リクオ
 シェキナベイベーズとは、彼らがバンド結成したばかりの5年程前からの付き合い。彼らとは、これまでも関西圏で共演する機会が何度もあったけれど、それ以上に一緒に飲む機会が多い。世代を超えて、大阪での最高の音楽仲間だと思っている。
 彼らが自分達のイベントにオレを呼んでくれたことが、とても嬉しかった。ハウリンバーはメンバー全員がお世話になっている彼らのホームグランド。自分は 初めて訪れたのだけれど、お店にもマスターのつるちゃんにも、すぐに馴染んだ。とても居心地がよかった。
 ライブは素晴らしい盛り上がりになった。シェキナの、演奏、歌、楽曲、パフォーマンスは、どれをとっても、出会った5年前とは比べ物にならないくらい、 クオリティーが高くなっていた。関西ならではの乗り、ローカル色が強いのも、彼らの特徴。しっかりファンもついて、ほんと愛されるバンドに成長したなあ。 この日のシェキナのライブで、一昨日、自分が共演したばかりのギターパンダこと山川ノリヲ君との共作が、数曲演奏されたことにも、不思議な縁を感じた。
 シェキナとのセッションも楽しかった。シェキナが自分達のステージで「噂の男」をカヴァーしてくれたのも嬉しかったな。
 シェキナベイベーズは、ええで!
 熱くて、アホで、楽しくて、長~い夜になった。よう飲んだわ。
 まひこ、ヒロキ、はっくん、みっくん、ありがとね!

2011年12月25日日曜日

着ぐるみをまとったパンクロッカー、ギターパンダ

【出演】ウルフルケイスケ/ギターパンダ/リクオ
 SO-SOの酒井夫妻とは、彼らがSO-SOをオープンさせる前からの付き合い。「会社員を辞めてライブハウスをオープンさせたいと思っているので、そ の際には出演をお願いしたい」という旨のメールを酒井君から受け取ったことが、付き合いの始まりだった。

 ギターパンダこと山川ノリヲ君とは、互いのデビュー時のレコード会社とレーベルが同じで、20年を超える付き合い。当時のノリヲ君はディープ&バイツと いうバンドをやりながら、忌野清志郎&2,3'Sのメンバーでもあった。最近のお客さんは、知らない人も多いとおもうけれど、自分は初期2,3'Sの一員 だったのだ。
 当時は、ノリヲ君と音を交わす機会がとても多かった。清志郎さんと共作してプロデュースもお願いした「胸が痛いよ」のレコーディングでは、ノリヲ君がギターで参加してくれている。
 ノリヲ君とは、昨年開催した自分のデビュー20周年イベントに参加してもらうことで、久し振りの再会を果たすことができた。それが、きっかけになって今回の共演にも繋がった。
 ギターパンダ、ケイヤン、オレがそろえば、楽しいイブにならないはずがない。けれど、この日のイブはただ楽しいだけのステージでは終わらなかった。特に ギターパンダと自分のステージには、3.11以降の影響が楽曲やステージングにはっきりと表れていた。
 この日のギターパンダのステージを見て、世の中に対する「違和感」が、彼の表現の大きな原動力になっていることを感じた。会場を爆笑の渦に巻き込んだ後 に、確信犯的な下ネタで場を完全に凍てつかせ、再び参加型の楽しい楽曲で場を盛り上げた後に、怒りと切なさが同居したシリアスなナンバーを歌い上げる。こ の対比、振り幅が、彼の抱える「違和感」を一層引き立てていた。あらゆる表現が過剰で、ぎりぎりのバランスをとり続ける危うさをはらんでいる。ほんと変わ らず不器用な男である。けれど、その不器用さが、リアリティーとなって、ぐっと胸に迫ってくるのだ。ギターパンダは着ぐるみをまとったパンクロッカーだ。
 ギターパンダとケイヤンが抱える「違和感」は、共通する部分があると感じた。ギターパンダの表現は、その「違和感」がむき出しになる瞬間がある。この日、2人は初共演を果たしたのだけれど、互いに相通じる部分を感じとっていたようだ。
 来年から始まるケイヤンとのバンド活動では、自分達が抱える「違和感」を、押し付けがましくなく、もっとダイレクトに、よりシンプルに表現できたらと思っている。この時期で、3人が共演できたことは、とてもタイムリーだった気がする。
 縁が縁を呼び込んで成り立った素敵な夜だった。