2023年6月28日水曜日

「怪物化」を防ぐ手立て ー 映画『怪物』を観て

 是枝裕和監督『怪物』は、何度も観直したくなる映画だった。
説明のない示唆的なシーンが多く、もう1度観れば、もっと多くの伏線に気づくだろうし、作品に対する印象も変化するかもしれない。

観客は映画を通して、自身が心の中でいくつもの「怪物」を育くんでゆく過程を体験する。
複数の個人それぞれの視点と、「怪物」化された個人それぞれの日常を伝えてゆくことで、「怪物」の正体は徐々に明らかにされてゆく。その過程を経て、「言葉の呪い」が解かれはじめ、「怪物化」された個人は血の通った自分達と同じか弱い1個人へとかえってゆく。

他者の日常に触れること、対話の試みを続けることが他者の「怪物化」を防ぐ手立てとなることを、この作品は観るものへ伝える、というよりも体験させてくれる。
見事なストーリー展開、斬新な脚本(坂元裕二)。単純な答えや結末を用意せず、受け手を信頼して想像を委ねる姿勢に、表現者としての志の高さと誠実さを感じた。

この映画を観て、全体につきまとうモヤモヤとした不穏な空気や、自身の中にある「無意識の加害性」に向き合わされる展開に、違和感を抱いたり拒絶反応を示す人もいるだろうと思う。けれど、そこにこそ作品のキモが含まれている。
『怪物』は、観る者に心の裂け目を生じさせる。その裂け目に蓋をするのか、それとも恐る恐る覗こうとするのかでも、作品に対する評価は分かれそうだ。自分は、この映画のモヤモヤも含んだ余韻を味わい続けたいと思う。

音楽を担当した坂本龍一の余白だらけのピアノは、その存在を隠すくらい常に場面に寄り添い、作品と一体化していた。
役者さんそれぞれの演技が素晴らしく、街と自然が隣接する諏訪をロケ地とした映像も美しく効果的だった。映画という総合芸術ならではの幸せな化学反応に満ちた作品だと感じた。

これ以上書くとネタバレが過ぎるのでやめときますが、同時代にこういう映画に出会えて勇気づけられました。

ー 2023年6月28日(水)

2023年6月1日木曜日

早すぎるよ〜! ー コロナ前に戻るのではなく

コロナが収まってきた影響で、都市部は特に、ライブをやる側も受ける側のお店も、スケジュールを埋めるペースが格段に早くなった。

週末のブッキングは半年以上先でも埋まってることが多く(イベンターさんが1年程前から押さえてるパターンも多い)、よほど先でないと押さえるのが難しくなった。コロナ前に戻ったというか、それ以上のペースかも。

メジャー系の人達が、ホール以外のライブ・スポットでライブをやる機会が増えたことも影響しているのだろう。
そういった状況に対応しきれなかったり、対応しようとし過ぎて、しんどさを感じたりもする。

今となっては、1週間後のライブを決めたりしてたコロナ禍が懐かしく思えたりもする。
仕事がないつらさに比べれば贅沢な悩みかもしれないけれど、もうちょっと適当に、その時の思いつきで動けるスペースも残しておきたい。

コロナ禍前に戻るのではなく、コロナ禍を経た上での自分なりの活動ができたらと思う。

ー 2023年6月1日(木)

2023年5月29日月曜日

「暗い本音」と「卵の側」

時代が進んで価値観が変化したことで今では許されなくなった行為もあるけれど、ジャニー喜多川の件に関しては当時から許してはいけない行為だったと思う。

今の時代に至っても、声を上げた弱い立場の者がひどく叩かれる状況にあることが悲しい。
人々の「暗い本音」が可視化される時代だからこそ、そういった側面が余計に目立つのかもしれない。

<高くて頑丈な壁と、壁にぶつかれば壊れてしまう卵があるなら、私はいつでも卵の側に立とう>
作家の村上春樹がイスラエルの文学賞「エルサレム賞」の授賞式で行った記念講演において、「小説を書いている時、いつも心に留めていること」として語った言葉だ。
自分もそのような立場でありたい。

ー 2023年5月29日(月)

2023年5月23日火曜日

G7広島サミットに思うこと

自分には広島サミットの正否を一刀両断することはできない。いくつもの成果があったのかもしれないけれど、判断しきれない。
ただ、原爆が投下された広島という地で、核保有が正当化されることや戦地への戦闘機投入が決められてゆくことへの心の痛み、もどかしい矛盾を忘れずにいたいと思う(自分自身も矛盾を抱えている)。

平和記念公園を訪れた各国首脳は何を感じとったのだろう(ウクライナのゼレンスキー大統領の演説の中の『歴史という石に、影のみを残すことになるかもしれない国』という言い回しは、直前に平和記念資料館で見た「人影の石」を念頭に置いたもののようだ)。特に広島に原爆を投下した当事国アメリカのバイデン大統領のコメントを聞きたかった。

広島サミットを通して、日本だけじゃなく世界が大きな流れに飲み込まれようとしてる、いや既に飲み込まれているような不安を感じた。
立ち止まって振り返り内省する時間の大切さをあらためて思う。

広島の悲惨が繰り返されないことを願うと同時に、ウクライナからのロシア軍完全撤退を前提とした早期の停戦を心から願っている。
悲惨は今現在も続いている。

ー 2023年5月23日(火)

2023年5月2日火曜日

清志郎さんの命日に、ギターパンダの新譜「オールオーバージャパンダ」を聴く

 清志郎さんの命日に、忌野清志郎&2,3sのメンバーだったギターパンダこと山川のりを君の新譜「オールオーバージャパンダ」を聴いている。


自分の知る限り、日本のミュージシャンの中で忌野清志郎イズムを最も継承している一人は、間違いなくギターパンダだと思う。新譜を聴いて、その思いをさらに強くした。 
https://guitarpanda.base.shop
でも、それがロックファンやRCサクセション、清志郎さんファンにも十分知れ渡っていないようなのが残念だし、おかしいなあと思う。 

ロックは楽しいだけの音楽じゃなくて、違和感や問題提起、内省を含んだダンスミュージックであるところに自分は魅力を感じ、影響されてきた。
ユーモアとペーソスを忘れずに、忖度なく違和感や問題提起を歌にするのりを君の音楽は、まさに自分が思うところのロックだ。

今ののりを君は清志郎イズムを受け継ぐだけでなく、清志郎さんがやれなかったこともやってるように思う。
僕らは受け継ぐだけでなく、その先を手探りで歩くべきなのだ。

ー 2023年5月2日(火)

2023年4月20日木曜日

ありがとうシェキナ また

昨夜は髙木まひことシェキナベイベーズ解散&レコ発ツアーライブを観に京都・磔磔へ。
会場には、お客さん関係者含め馴染みの顔が多勢。



今まで観たシェキナのライブの中で、最もエモーショナルで一回性の高いライブだった。彼らのアルバムの中でも内省の要素が高い新譜「CARAVAN」からの曲を色々聴けたのもよかった。

定番のステージを楽しませてもらいつつも、これまでの枠からはみ出た生々しいシェキナにも触れることができてグッときた。歌心がすごく伝わった。楽しいばかりじゃない、切なさや虚しさ、やりきれなさの琴線に触れるシェキナも魅力的だ。
解散ライブなのに、次につながるような素晴らしいステージだったと思う。

終演後、楽屋を訪ねてメンバーとしばらく話したのだけれど、メンバーそれぞれがシェキナの魅力を再認識するツアーになったことが伝わって、それがとても嬉しかった。残りの公演も間違いなく素晴らしいステージになるだろう。

彼らの決断を尊重すべきとわかりつつ、敢えて言わせてもらえば、昨夜の磔磔に集まった大勢のお客さんと関係者の中で、シェキナのいつかの再結成を願わない者は一人もいないと思う。

終わりは始まり。
4人それぞれの今後の音楽生活が益々充実してゆくことを心から願ってます。

まひこ、ヒロキ、ハヤト、ミトモ、16年間ありがとう。ムチャ楽しかった。
これからもよろしくね。

ー 2023年4月20日(水)

《リクオのFacebook上でのシェキナに関する投稿より》
2019年9月9日  

2023年3月31日

photo by 渡邉俊夫

2023年2月24日金曜日

大きな括りでは捉えきれない1人1人の姿を伝えることの大切さ ー ロシア・プーチン政権のウクライナ侵攻から1年を経て

「独立した自由な国を守るために、ロシアに勝利する他に選択肢はないのです。」

2月20日にNHKで放送された番組・クローズアップ現代「シリーズ 侵攻1年 ウクライナ“真実”を追う記者たちの闘い」での、ウクライナ公共放送「ススピーリネ」会長のミコラ・チェルノティツキー氏の言葉だ。

同番組で、侵攻直後から1か月あまりに渡りロシア軍の占領下に置かれホストメリで取材を受けた現地の男性住民が、肌身離さず持っていると言って見せたワッペンには、「自由か死か」という言葉が刻まれていた。男性によれば、その言葉はウクライナ人のモットーなのだそうだ。

両者の姿や言葉から、勇敢さや美しい物語を感じ取ることもできるだろう。
けれど自分は、戦争によって人々が選択肢を奪われてゆく様を見せつけられているような、やりきれない思いを抱いた。

「自由か死か」、その言葉は確かに大多数のウクライナ人のモットーなのかもしれない。けれど、徹底抗戦が多数派の陰で、口に出せずとも即時停戦を願う人々や、その両方の思いに心を引き裂かれている人達も存在するんじゃないだろうか。特に戦火において、少数派の思いは蔑ろにされてしまうのだろう。

番組後半、ウクライナ現地から桑子真帆キャスターが語った言葉も印象に残った。
現地で出会ったウクライナ人は誰もが「パレモハ(勝利)」という言葉を口にしていたけれど、よく聞くと、その「勝利」が意味するものは、「夫や弟が生きて故郷に帰れること」「2度と攻撃にさらされないこと」「まもなく生まれてくる自分の子供が戦争を見なくてすむこと」等、1人1人異なっていると感じたそうだ。

翌日21日放送の同番組「シリーズ侵攻1年 ロシア 市民たちの12か月」も続けて観たのだけれど、国家の理想や都合の前に、個人の思いがかき消されたり、誘導され書き換えられてゆく状況は、今のロシアにおいてさらに顕著のようだ。
番組が放送された同日21日に行われたロシア・プーチン大統領の年次教書演説を聞いた時にも、国家との一体化を国民に強く望むプーチン氏の強硬な姿勢が伝わった。この強硬さは、80%を超える支持率も背景にあるのだろう。
欧米によるウクライナへの武器供与やロシアへの経済制裁が、結果としてロシア国民を精神的にも追い込み、国内でのプロパガンダも相まって、さらにプーチン支持を高める結果をもたらしているようだ。悩ましい状況だ。

「この戦争が、立ち止まって考えることをなかなかさせてくれない。
戦争が長期化して立ち止まることがどんどん難しくなっていくんじゃないか。」
番組の中でNHKヨーロッパ副総局長・有馬嘉男氏が語った言葉が重く響いた。

20日放送の同番組内で桑子キャスターが語っていたように、有事だからこそ余計に、「大きな括りでは捉えきれない1人1人の姿を伝えること」の大切さを感じる。
その違う1人1人の姿を想像し寄り添う姿勢こそが、戦争を遠ざける1つの手立てとなりうるように思う。

ー2023年2月24日(金)