2001年12月22日土曜日

2001年12月22日(土)

最近、結構新曲を書きためている。
今日つくっている曲には「美しい暮らし」というタイトルをつけるつもり。
これは吉田健一という作家の一文に影響を受けて、つけたタイトル。
その文章はこう。

戦争に反対する唯一の手段は各自の生活を美しくして、それに執着することであ る。

僕は吉田健一という作家のことをこの一文以外に何も知らない。ある雑誌にこの 一文のみが掲載されているのを見つけて以来時々ふと、この言葉を思い出すよう になった。
9/11のテロ以降、世界は変わったと思う。僕の楽曲もその影響を受けてい る。
僕はテロにもアメリカの空爆にも反対である。今、アメリカは間違った選択をし ていると思う。
9/11のテロ、そしてアフガン空爆以降、複数の知り合いから戦争やテロのある状況の前で音楽は無力ではないかということを言われた。僕はずっとその意見 に納得できずにいる。そういう状況にこそ必要とされるのが音楽ではないのか?そんな問いを今も繰り返している。

2001年12月21日金曜日

2001年12月21日(金) 新潟・ジョイア・ミーア

今年、締めのライブ。
昨夜からちょっとした出来事で落ちこんでいて、新潟に到着しても、なかなか立 ち直れずにいたところ、携帯が鳴ってマネージャーテツからメールが届く。「今年最後のライブ、モチベーションを上げて下さい。」との内容。自分は、こうい うちょっとしたことでころっと気分が変わってしまうところがある。しばらくし たら「よっしゃー!」という気分になって、いい感じでこの日のライブを乗り切 る。

今年も90本程のライブをやって、全国いろんな場所で歌わせてもらうことが出 来た。
前の事務所を離れて、こういうツアー暮しを始めたころは正直、毎日歌うことや、旅することが辛く感じる時もあったけれど、最近は以前に比べれば、その時々の状況を受け入れてリラックスして楽しる術をつかんできた。

2001年12月18日火曜日

2001年12月18日(火)

南青山マンダラでブラジルのパンディエロ奏者マルコス・スザーノと各方面 で大 活躍のドラマー、沼澤尚さんを中心としたセッションを観にいった。 いゃ~良かった。サウンドは’90年代以降のダンスミュージックを経過した フュージョン、あるいはクロスオーバーミュージックといった感じ。ピアノの塩 谷哲さんとオルガン&ローズの森俊之さんも素晴しかった。
この日のライブを観て自分の立ち位置のようなものを考えさせられた。いい刺激 になった。

2001年12月16日日曜日

2001年12月16日 秩父・ホンキートンク

やあ、この日はいいライブができた。楽しみ方を心得ているお客さんで本当にや りやすかった。ホンキートンク常連のお客さんも多かったようで、多分、オー ナーの鈴木さんが時間をかけてお客さんを育てていかれたのだろう。 秩父には今度はプライベートも兼ねて来てみたい。

2001年12月15日土曜日

2001年12月15日(土)「社会福祉法人みずき会10周年記念式典記念コンサート」

みずき会は重度の知的障害者を受け入れる施設で、そこの代表である樋口さんが 僕のファンだった縁で、この式典に招いていただいた。
800人を収容するホールには施設で暮らす障害者の人達、その親族の皆さん、 スタッフの皆さん、町の有力者の方々と、またいつもとは違うさまざまな客層の人達が集まっていた。この日のライブは、なかなかうまくその場の空気をつかめ なかった。まだまだ修行不足だな。
打ち上げではみずき会のスタッフの皆さんから施設を立ち上げることにしたきっ かけ、立ち上げるまで、立ち上げてからの苦労話などを色々ととうかがう。はた から聞いていると大変な話を、あっけからんと明るく話すみずき会の皆さんの表情と雰囲気がとてもよくて、帰りの車中マネージャーテツと「今日は来てよかっ たなあ」としみじみ話す。

2001年12月12日水曜日

2001年12月12日(水) 浜松・ポルカドット・スリム

 ツアー最終日。前日も相当に深酒したのだが、体調はグッド。
今回のツアーは、ライブの内容も動員も、この日までずっといい感じ。
けれど最終日でこけた。 開演前、店内を覗くと、空席だらけでなんとも寂しい入り。しかも僕をブッキン グしたお店のオーナーが本番前になっても顔をださない。「呼んでおいてそれは ないやろう。」などとわだかまった気持ちで本番を迎える。
まあ、ステージに上がってしまえばそういう気持ちも大抵、切り替わる。 めずらしくライブ中にアルコールを補給しながら、いつも以上に腰を据えてじっくり歌う。まったりとした夜になった。 こういう夜は自分の歌ばかり聴かせるのではなく、集まってくれたお客さんの話 なんぞも聞いてみたくなる。名前も知らず、このまま別れてしまうのが少し残念 なような、そんな気分だった。 長いステージになった。
ライブ中は心地良かったのにステージが終われば寂しい気分。浜松には泊まらず 夜行で東京に帰る。

2001年12月11日火曜日

2001年12月11日(火) 豊橋・ハウス・オブ・クレイジー

 今回の豊橋でのライブにはFM豊橋さんが後援について宣伝に協力してくれた。こ のFMには小石さんという、熱心にサポートしてくれる女性がいるのだ。ここ数 年、各地で目先の損得を超えて僕をサポートしてくれる人達が増えてきていて、本当にありがたい。
この日のお客さんの入りは、今までここのお店でやらせてもらったなかでは一番 だった。しかも食いつきが素早く、とても乗せ上手のお客さんで、ライブは非常 に盛り上がった。 今回のツアーはかなりいい調子。