2008年7月27日日曜日

フジロック初体験

FUJI ROCK FESTIVAL '08
【場所】新潟県湯沢町苗場スキー場 New Power Gear Stage Gypsy Avaln
ソウル.フラワー.アコースティック.パルチザン
中川敬(vo,g,三線)/リクオ(key,vo)/奥野真哉(key)
 自分にとってはこの日がフジロック初体験。観に行ったこともなかった。だって客で行ったらステージに上がりたくなるでしょ。
 ご存知のようにフジロックにはいくつものステージがあって、自分達が出演するのはアヴァロンステージという比較的小さめのスペースだったけれど、ぎっしりのお客さんが集まってくれた。
  自分達の出番の前がジャネット.クライン。古き良きアメリカンミュージックを再解釈したサウンド。オレ、この人のCDを去年よく聴いていたのだ。もちろん 客席で聴かせてもらいました。バンドの演奏もスィングしててバッチリ。お客さんの乗りも素晴らしい。自然に囲まれた野外フェスって、やっぱりいいなあ。し かし、ライブ後半から雨。
 アコパルのステージはもの凄い盛り上がりになった。「満月の夕」の演奏が始まる直前に土砂降りの雨が降り出したのだが、その雨が余計に客席を煽ることになって、イントロが始まった時点でさらに大爆発。会場全体が大揺れの大合唱。すごいなあ。
 この名曲を、自分は2人の共作者それぞれと演奏しているのだが、かなり違いがあって面白い。山口洋の「満月の夕」は、客席は聴き入る感じ。中川敬のヴァージョンは、参加型のダンスミュージック。
 この日は自分も3曲歌う。かなりの手応え。お客に煽られて弾けまくった。フジロック楽しいなあ。
 毎年呼んでくれたらええのに。

2008年7月20日日曜日

種子島で泳ぐ

せっかく種子島に来たんだから泳ごうということで、島を発つ前に、寺さん、朝ちゃん等と、ホテルから浜田海水浴場へ。
 ここの海がまたえらい奇麗で、30メートル程泳げば、珊瑚も群生。千座(ちくら)の岩屋と呼ばれる太平洋の波が造った海蝕洞窟も神秘的でよかった。いや~、来てよかった。
 これにて南の島シリーズ終了。
 焼けたなあ。

2008年7月19日土曜日

種子島初上陸

場所: 宇宙が丘公園(鹿児島県種子島南種子町)
【出演】リクオwith寺岡信芳(ba.)、朝倉真司(per.)/CALM (band-set)from 種子島<SAYAKA/YUさん/DJ MAO>
 鹿児島から船で役1時間半。種子島は初上陸。この10日程、南の島づいているんである。
 南青山にあるライブハウス「月見ル君想フ」のスタッフでもあるシュンスケ君が港まで迎えに来てくれる。すっかり焼けてるねえ。今回のイベントには月見ルのスタッフも関わっていて、そのつながりで自分が呼んでもらえることになったのだ。
 種子島港からイベント会場まで車で1時間近く。種子島って思ってたより広いんやな。けれど、会場に着くまでの間ほとんど人とすれ違わなかった。
 宇宙が丘公園は2千人くらいは収容できそうなスペース。でも、こんな場所に人が来るんかいな?
 予感は当たった。オープンしても会場には、のんびりとゆる~い空気が漂ったまま。そんな中、オレと寺さんと朝ちゃんがステージに登場。
  夏の夕暮れ時の野外、自然を感じながらの演奏。ステージからお客さん全員の顔姿が確認できた。演奏が始まったら、皆、実にいい笑顔で、体を揺らしてくれて いた。オレたちもどんどん気持ちよくなってくる。興行としては成り立っていないのだが、心地よい鳴空間ができあがった。
 100年に1度の皆既日食に合わせた来年のイベントには、きっと各地からたくさんの人が押し寄せるんやろな。
 来年も呼んでや。
 
  スタッフの人間から夜中に海辺でウミガメの産卵が見れると聞いたので、無理をお願いして夜中に長浜海岸まで車で連れて行ってもらう。明日の出演者である堂 島孝平君と渡辺シュンスケ君も同乗。結局ウミガメは1匹も見当たらなかったけれど、月明かりに照らされた真夜中の浜辺は幻想的で美しかった。

2008年7月18日金曜日

二つの季節

鹿児島市 Bar MOJO
 沖縄から一旦湘南に戻って、息つく間もなく鹿児島へ。
 こっちも暑いね~。
 なんか1人でライブやるのが、すごく久し振りな感じ。演奏してても、まだ山口とのツアーの余韻が残っていて、アッパーな方向に行くと、どんどん盛り上がってしまうんである。
 オープニングで歌ってくれた三浦さん(色気がました感じ)、マスターの三宅さん他何人もの人達と約1年振りに再会。この1年の間にも確実に時は流れていて、皆色々ありながら、この場に至っているのだなとの感慨。
 元気でよかった。
 生きてるだけでまるもうけ。
 夏は好きやな。開放的で盛り上がる。
 ただ、夏真っ盛りなのに、既に秋の気配も感じている自分もいる。年を積み重ねて、自分の中に二つの季節が同時並行しているような感覚が大きくなってきている。

2008年7月15日火曜日

ツアーファイナル

沖縄北谷 モッズ
「THE HOBO JUNGLE TOUR 2008」
【出演】山口 洋(HEAT WAVE)&リクオ
 今回のライブを企画してくれたハーベストファームの野田君は、表面は寡黙なんだが、内面の熱量は相当なもんである。この日の北谷ライブも彼が自ら手を挙げてくれることで実現した。
 離島に4日間いたせいで、那覇が随分都会に感じた。
 会場入りする前に公設市場界隈を散歩。石垣や宮古ではあまり感じられなかった人の賑わいと活気に触れる。しわくちゃのおじい&おばあが元気そうに働いている姿を見たら、こっちも力が漲ってくる感じ。日本の他の都市にはない土着のニオイがした。
 この日のライブ会場のある北谷のアメリカンデポは、野田君に言わせれば「東京のお台場みたいな場所」なんだそう。土着のニオイは希薄である。
 モッズの喜屋武さんは、この街で音楽文化を根付かせようとさまざまな試みを行っている人だ。2年振りに訪れたら、地元に帰ってきた息子さんが店を手伝っていた。

 ライブはツアーファイナルにふさわしい盛り上がりになった。30本のツアーを経てきた意味が十分に感じられる内容だった。その前の宮古島のライブを経て、この日にたどり着いたことの意義も大きいように思えた。山口はあの日のライブであらたに気合いを注入された感じ。
 集中力の持続という点に置いて、31本のツアーの中で、この日が最高であったと思う。お客さんのリアクションも素晴らしくて、ほんとにありがたいと思った。

 今回のツアーは、同じステージに、同じ立場で、自分とは違うもう一つの個性が存在していることによって、気付かされ、考えさせられることが多かった。とくにこの3週間は、いろんな意味で内容の濃い、実に印象深いツアーになった。
 
 ちょっとシラフに戻って、反芻しなきゃいけないなという気分。

ツアーに関わってくれた人達、足を運んでくれたお客さん、そしてヒロシに心より感謝。

2008年7月14日月曜日

宮古で泳ぎ、そして考える。

 日中は砂山ビーチでシュノーケリング。
 コバルトブルーの海、美しい珊瑚、色彩豊かな南国の魚、素晴らしい。
 夜は飲んで食って、いつもよりは早めにホテルに戻る。ベッドに横になってもなかなか寝つけず、なんとなく考えごと。

 「旅に埋没する」とは?
 刹那に溺れ明日のビジョンを見失うこと。
 けれど、この瞬間がなければ明日はない。
 明日のビジョン?ハプニングを楽しみ、気紛れに生きることこそが最大の自由では?
 自分は酔い過ぎではないか?酒に酔い、音楽に酔い、自分に酔っている。シラフの自分が必要だ。でも酔っている自分が解放された自分だ。いや、酔いながらもシラフでなきゃ表現なんかできない。
 自分につっこめ。自分を笑え。人生を笑え。「のりつっこみの人生」で行こう!
 酔った自分を、もう一人のシラフの自分が眺めている。けれど、夜が更けてゆくにつれ、シラフの自分が消えてゆき、最終的には酔いつぶれて終わり。その繰り返しである。酔いつぶれる前に駆け巡ったあの思考、切ない感情をもっと思い出して、言葉にできたら。

 さまざまな時間軸、価値観が、自分の中で同時に存在している。
 

2008年7月13日日曜日

宮古島リアル

沖縄県宮古島 ROADHOUSE雅歌小屋BASEMENT
「THE HOBO JUNGLE TOUR 2008」
 山口もオレも、宮古島は初上陸。
  空港まで迎えに来てくれたこの日のライブ会場、雅歌小屋のマスターは、プロレスラーのようながっちりした体躯で、腕にはタトゥー(実はシールらしい)、真 黒なグラサンをはめて、ちと強面の風貌(けど、グラサンとったら結構愛くるしい瞳だった)。石垣では出会わなかったタイプ。

 ホテルにチエックインした後にすぐに山口と車を借りて、島を1周する。
 池間大橋で一度車から降りて、海の景色をながめる。あまりの美しさに思わず声がもれる。東平安名崎の景色も素晴らしかったなあ。自分が今まで見たどの海とも違う、特別な美しさを宮古島の海に感じた。
  抜けるような海の美しさとは対照的に、宮古島の街の雰囲気は、どこかくたびれていて、ゆるく、場末のやさぐれ感が漂っていた。徳之島の街の雰囲気に近いと 思った。旅の途中で、こういう街に身を置くと、取り残されたような寂しさを感じる一方で、なんかほっとする。自分を縛っているある種の価値観、時間の流れ から解放された気分。
 奄美大島と徳之島との関係とも共通しているのだが、隣の石垣島に比べると、宮古島の島民の気性は結構荒いらしい。隣の島同士なのに、気質、風土にかなり違いがあるのが面白い。

 ライブが開演したのは夜の9時半を過ぎてから。宮古タイムである。
  演奏中でも途中入場してくるお客が結構いたりして、客席の集中力は散漫になりがちだった。多くのお客さんが、ステージとお酒と会話を同時に楽しもうとして いる様子で、特にライブの前半は、盛り上がるときは盛り上がるのだが、客席が終止ステージに釘付けになるという感じではなかった。1部の演奏が終わる頃に は飲み過ぎて酔いつぶれてしまうお客もいた。
 この日集まったお客の多くは、リクオだかクリオだか、ヒロシだがキヨシだか、よく知らずに来たという人達だったように思う。
 最近こそ、こういう現場は減ったけれど、自分が今のようなツアー暮らしを始めた当初は、そんなにめずらしいことではなかった。そんな環境の中で、自分は自らのスタイルを変化させ、順応させていったように思う。それは食ってゆくためでもあった。
 まずは、その場のお客さんに楽しんでもらうこと。そのためには、自分のミュージシャンエゴや自意識が邪魔になることもあった。それらを押さえることによって、自分は今まで感じることのなかった開放感、自由を得ることもできたように思う。
  今の自分は、こういう現場が嫌いではない。旅をしている気がして、いつもとは違うわくわく感がある。猥雑な空間が好きなのだ。けれど、こういう現場が何日 も続けば、やはり消耗する。ファンでいてくれる人達の前でパフォーマンスできる幸せと、ファンではない人達の前でパフォーマンスできる開放感の両方を味わ い続けることができたら贅沢だろうなと思う。

 2部のステージが始まったのが、11時を過ぎてから。いつものように山口にしばらく休んでもらって、自分のソロコーナーから始める。ステージドリンクは泡盛。
  場の空気と気分にまかせて、その場で歌いたいと思う曲を歌った。歌いだして何か違うと感じたら、すぐに演奏を止めて、違う曲に変えた。それがパフォーマン スとして成立した。ジュリーの「時の過ぎゆくままに」を歌いたくなって、歌ってみたら、はまった。女性の歓声が聞こえる。けれど、その女性はもしかしたら まだオレの名前も覚えていないのかもしれない。
 場の空気、客の視線とリアクションが、自分の中のエロス、オスの部分を多いに引き出してくれた。この開放感に勝るものがあるのだろうか?すごくせつな的。
 自分のソロコーナーを盛り上げるだけ盛り上げて山口を紹介して、いつものように「パラダイス」を一緒に演奏。
 この後、山口が何を歌うのか?
  そもそもこのツアーにおいて、その日の曲順を開演前に決めるのは山口の役目であったのだが、ツアーの途中から彼はその役目を放棄して、ステージ上で曲順を 決めるようになった。オレは彼の曲間のMCや、ギターのイントロを聞いて、次の曲を判断した。別にそれで問題はなかった。むしろ、マンネリ回避になってよ かった。
 で、この時に山口が弾き始めたギターのイントロは、意外にも「満月の夕」のそれであった。アンコール以外の場面でこの曲が演奏されるの は、このツアーの中ではじめてのことだった。彼がこの場面でこの曲を演奏することの意味、大げさに言えば覚悟のようなものを感じて、さっきまでとは種類の 違う高揚を覚えた。
 真剣を抜いたような緊張感と集中力。客席はステージに釘付けになった。その集中力は、アンコールが終わるまでずっと途切れることがなかった。 
 ステージは常に不安との闘いである。この日の山口は、その不安を真正面から乗り越えたような印象を持った。彼の気迫と集中力を引き出す要因の一つとなった「悔しさ」を、自分も忘れるべきではないと思った。
 ある程度流れに身を任せることで自由になろうとした自分と、真剣を抜いて一気に世界を変えた山口、解放へ至る道はさまざまである。
 アンコールはディランの「I shall be released」を、友部正人さんの日本語訳で歌う。
 
 HOBO JUNGLE TOUR、残すところ1公演。