2010年10月24日日曜日

10年振りの福井敦賀

福井 敦賀市 酒菜楽アリーナ
 敦賀を訪れるのは、10年振り。ライブ会場は前回と同じアリーナ。前回はソロではなくヘルツでの来場だった。すごく盛り上がって楽しいライブだったことを覚えている。あれからもう10年も経ったのか。
 席もうまって、ライブは理想的な盛り上がりになった。始めてのお客さんだけでなく、10年振りに足を運んでくれたお客さんがいたことも嬉しかった。
 正直、この日はたまっていた疲れが出て、体調はあまりよくなかったのだけれど、会場入りしたときから、マスターの野口さん、地元スタッフの皆さんの、この日のライブへの強い思いを感じ取ってていたので、その思いが自分の気持ちを振るい立たせてくれた。
 マスターの野口さんは、この10年の間、辛い時期にはオレのCDを何度も繰り返して聴いてくれていたそうだ。前回敦賀ライブを企画してくれたK君とも10年振りに再会。元気そうで何より。
 打ち上げでは、早くも来年のライブ企画の話が持ち上がって、皆が色々と意見を出し合った。久し振りに訪れた街で、いい出会いと再会を果たすことができて嬉しい。

2010年10月23日土曜日

伊勢カップジュビーにて25周年

伊勢 カップジュビー
【オープニング】外村伸二
 リハーサル前に、伊勢神宮をお参り。神宮内を歩いて、大木に囲まれていると自然に抱かれているような感覚。

 この日のライブは、オープニングで、店主の外村伸二が40分程演奏。彼のステージのラストは、オレも参加して、昨夜レコーディングした曲を演奏。外村のステージを見て、彼の音楽の中に自分のルーツの一部があることをあらためて再認識した。
 ステージから、外村がオレのCDデビュー20周年を祝うコメントをくれたのだけれど、そのとき思ったのは、彼と出会ってバンドを始めた25年前が、自分 の音楽生活の一つのスタートになっているのだから、今年の自分は音楽生活25周年でもあるんだなということ。
 だから、この日の自分のステージは、勝手に自分で音楽生活25周年ライブにすることにして、1曲1曲丁寧に歌った。
 アンコールのステージに向かう時、外村が、何かセッションをしようと声をかけてきたので、再び彼にステージに上がってもらう。
 何も打ち合わせをしていなかったけれど、カヴァー曲4曲をセッションした。いい演奏だった。
 これからも、音楽を愛し続けて、音楽を通して、この夜のようないい時間を共有し続けてゆければと思う

2010年10月22日金曜日

伊勢で外村伸二のレコーディング

伊勢に前乗りして、翌日のライブ会場、カップジュビーのマスターで、シンガーソングライターでもある外村伸二のレコーディングに1曲参加する。
 外村とは、自分が学生の頃、一緒にバンドをやっていた仲。今思えば、前夜に一緒に飲んだ2人と外村等が組んでいたバンドに、25年前に参加したことが、自分の音楽生活の本格的なスタートになった気がする。
 レコーディングはカップジュビーに録音機材を搬入して行われた。参加した1曲は、自分にとっても思い入れのある外村のオリジナル曲だった。録音のときは、思い入れのあまり感情が入り過ぎないように心掛けた。
 これから年末にかけては、自分の中で、過去、現在、未来を繋げてゆく大切な期間になるように思う。

2010年10月21日木曜日

大阪焼酎ライブ

大阪心斎橋 焼酎BAR 酔夏男
「UZU~ピアノの輪~」
【出演】ヨツヤタカヒロ/日比直博
【ゲスト】リクオ
 この日は、大阪の若者が中心に企画する街フェス「見放題」のスタッフであるNさんが企画するピアノイベントにゲスト出演。
 ライブ会場の焼酎BAR 酔夏男を訪れるのは、今回が始めて。心斎橋駅からすぐの立地の良さで、地元の音楽好き、ミュージシャンが多く集まる場所なのだそう。そのせいもあってか、 開演前から開演後にかけて、大阪の多数の知り合いが会場まで訪ねて来てくれた。
 焼酎バーということなので、ステージドリンクは黒霧の水割りにする。典型的なお客さん参加型ライブで、自分は指揮者のような気分でパフォーマンスする。前席のお客さんの手拍子のリズムが走りがちで、ちと困った。
 ライブの企画者Nさんが、この日が誕生日だと聞いていたので、急遽アンコールで「ハッピーバースデー」を弾いて、皆で歌う。24歳になったのだそう。若いなあ。この日の共演者のヨツヤくん、日比くん含め、若い人達と関われることはありがたい。

 この日は、学生時代に一緒にバンドをやっていたメンバー2人がライブを見に来てくれたので、会場での打ち上げ後、場所を変えて一緒に飲む。25年前にバ ンドをやっていた3人が久し振りに集まって、特に違和感もなく、当時の感覚の延長のまま、飲んで話しているのが、不思議に思えたけれど、嬉しかった。自分 が年末大阪に戻って来たときには、3人でセッションをしようという話をする。楽しみやなあ。

2010年10月17日日曜日

米子初ライブ

米子 ONE MAKE
オープニングアクト:宮腰おさむ
 会場入りする前に、テレビドラマ「ゲゲゲの女房」のヒットで盛り上がる境港を観光。水木しげるロードは、10数年前に訪れた時とは別世界の賑わい。
 
 今年の祝春一番の楽屋で、踊ろうマチルダのマネージャーとして来ていたONE MAKEのマスター、ピコさんから声をかけられたことが、今回のライブ実現のきっかけになった。
 ONE MAKEはやさぐれた場末のバーのニオイがした。それはピコさんの美意識によって反影された佇まいなのだろう。トム.ウエイツやアルチュール.アッシュが聴きたくなる感じ。
 オープニングで演奏してくれた若きピアノマン、宮腰おさむ君とはこの日が初対面。ポジティブなエネルギーを持った若者で、空席の目立つ客席で、実にエネルギッシュなパフォーマンスを見せてくれた。
 自分の場合、困ったことに、こういう空席の目立つ空間で、それに見合ったたライブができてしまう。というか、この日のようなシチュエーション、雰囲気が嫌いではないのだ。ただ、ステージでの酒量が増えてしまう。
 少ないながらも集まったお客さんは皆オープンで、いい空間をコーディネイトすることができた。とは言え、この客数では、この場所に帰ってくることは難しい。
 ライブ後の打ち上げで、マスターと地元の電波媒体につとめるマスターの知人が、「次回はもっと宣伝して席をうめるので、もう一度米子に来て下さい」と言ってくれる。
 縁はつながったみたいだ。 

2010年10月16日土曜日

鳥取砂丘を巡礼

 鳥取砂丘は素晴らしかった。
 砂丘の頂上へ向かう人達の姿を、少し離れた場所から眺めていると、スペクタクル映画を見ているような気がした。
 自身も丘の頂上を目指して砂地を歩き続けていると、巡礼地に来たような、神聖な気分にもなった。砂丘のてっぺんに辿り着いて、海を見下ろしたときは、感動したなあ。

2010年10月15日金曜日

出雲初上陸

出雲 PUB LIBERATE
 出雲初上陸である。
 10数年のツアー暮らしの中で、山陰地方は最も縁の薄い地域。縁が繋がるかどうかは、今回のツアーのステージ次第。

 日中は、この日のライブ会場LIBERATEのマスター、ケンジの案内で、市内を観光。旧大社駅見学→昼食に出雲蕎麦→出雲大社参拝→日御碕から夕陽展望、という流れ。かなり満喫。もっとゆっくり訪れたい気持ちになった。
 ケンジとの出会いは3年程前。アコースティックパルチザンのツアーで岡山を訪れた際、客席の最前列を陣取っていたガラの悪い数人の一人が奴だった。
 年は30代後半くらい。革ジャンを着込んで、髪の毛をピンクに染め、首に“反戦”の入れ墨。そのルックスだけで目立つのに、ライブの頭から泥酔状態で大 盛り上がり。ライブ途中で中川君から注意されて、おとなしくなったと思ったら、今度は最前列で爆睡。これだけインパクトのある客もめずらしい。
 なぜか、ケンジの一団は打ち上げの席にも参加。聞けば、出雲でライブバーをやっていて、自分達が暮らす街で開催されるイベントへのソウルフラワーユニオ ンの出演を直談判するためにやってきたのだという。その成果あって、翌年、出雲でのソウルフラワーユニオンのライブが、実現されることになる。
 ケンジのことは自分もずっと覚えていて、中川敬や山口洋からも実は結構いい奴だという話を聞いていたので、いつかLIBERATEを訪れる機会があればと思っていたのだ。
 シラフのケンジは確かにいい奴だった。地元の仲間も多く、随分と慕われている様子。
 ライブは自分の好きな酒場の猥雑な乗りで、よく盛り上がった。女性の歓声が響いたのもよかった。アホで気持ちのよい男達にも出会えて、楽しい酒だった。
 縁は繋がったようだ。
 ケンジ、お互い元気に再会しよう!
 アリガト。