2009年5月31日日曜日

札幌で弾ける!

札幌  く う
guest:伊東ミキオ(piano& vo)&ジョン・B・チョッパー(ウルフルズ)
 長崎、福岡に続いて、ミッキー&ジョンBと共演。
 そら盛り上がらんわけがない。
 くうのグランドピアノもよく鳴ってくれた。
 札幌のお客さんにいいプレゼントができたと思う。
 ジョンBとは前回の共演から14年のブランクが空いたけれど、今度はもっと早くに共演しよう!!

2009年5月30日土曜日

札幌入り

 釧路からJRに乗って、夕方に札幌入り。生憎の雨模様。札幌も肌寒い。
 夜は、ハシケン&ハマケン(サケロック)と伊東ミキオ&ジョン・B・チョッパー(ウルフルズ)のライブをハシゴ。
ハシケンはオレに気を利かせてくれたのか、ライブでオレのオリジナル「ソウル」をカヴァーして歌ってくれた。お客さんがじっと聴き入っていた。
 ハマケンは存在自体がユーモラス。彼のトロンボーンが加わると、ハシケンの音楽がよりポップになる感じ。
 ミッキー&ジョンビーのライブはツアーを重ねてきた成果が、はっきりとあらわれていた。2人が気持ち良さそうに会話していると、こちらも気持ちよくなる。
 知り合いのミュージシャンと地方で合流するのって、嬉しくて盛り上がるなあ。打ち上げにも参加。

2009年5月29日金曜日

北海道ツアー初日ー釧路にて

釧路 喫茶ラルゴ 
 釧路、寒!
 この時期で、日中の気温が10度前後。先週ツアーした九州がどこも30度近い気温だったから、えらい差だ。
 空港まで車で迎えに来てくれたTさんが、寄り道してくれて、釧路港の景色を見下ろせる米町展望台まで連れて行ってくれる。いい眺め。曇り空と肌寒さが街の景色をよりうら寂しくみせた。
 北海道の各地をツアーしていると、なんだか夢の跡地を回っているような気分になる。開拓者の街なんだなと思う。
 そんな街で地に足を付け、音楽を通して、繋がりを築いている人達がいる。この日のライブ会場、ラルゴの豊川君もそういう1人だ。
 普段はおとなしい豊川君が、ライブ中は客席後方で、嬉しそうに手拍子をして、元気にこちらのコールに応えてくれていた。客層は都市部のライブよりもずっと幅広く、老若男女がライブを楽しんでくれた。いい光景だった。

 ホテルへの帰り道、濃い霧が出た。釧路は霧の街なのだ。幻想的な光景だった。

2009年5月24日日曜日

旅、生と死、哲学 名古屋 TOKUZO(得三) 

「鍵盤女の春『はじめてのおとこ』その2」
出演:【鍵盤女】中ムラサトコ(org,vo)+鈴木亜紀(pf,vo)
スペシャルゲスト:(はじめてのおとこ)●リクオ(pf,vo)
 チェックアウト後、松本で温泉につかり、最高に美味しい蕎麦を食べてから、名古屋に移動。
 ライブ会場の得三は自分にとっては馴染みのお店。得三のある今池は名古屋の中でも独特の土着性、ローカル性を感じさせる、ニオイをかもす街だ。パチンコ屋とサウナのメッカでもあり、まあガラは決してよくない。
 得三は今池という街によく馴染んでいる。地域との横のつながりも強いようで、この日社長の森田さんは、商店街企画のプロレスイベント参加のため(なんとサスケがゲスト出演)、ライブには間に合わなかった。

 鍵盤女2人の存在はもっと多くの人に知られていいはずだ。鈴木亜紀の才能は別格だと思う。日本の中で、これ程素晴らしい「股旅ソング」を歌える女性を他 に知らない。「港タクシー」「手ぶらの女」「旅人眠る」「ハムカツサンド」曲のタイトルからしていい。
 彼女は10代後半から映画「男はつらいよ」にはまって観まくっていたそうだ。そういう感性は、現代においてはやはり少数派なのだろう。今の日本におい て、寅さん的世界は遠くになりき、なのかもしれない。寅さんというはみ出した人間を受け入れるだけの寛容さや、五感で物事を感じ取り、様々な景色を共有す る力を、社会全体が失いつつあるように思う。
 彼女の歌う景色を想像できるだけの感性を持った人達がいてくれるということは、自分にとっても救いになる。
 サトコちゃんの声は以前より力が抜けて透明感が出てきた。我を押さえることによって、より共鳴力が増した印象。小さなことにこだわらない、ものごとを受 け入れる器の大きな女性なのだと思う。きっと彼女はこれからもいろんなものを吸収して、ますます変化してゆくのだろう。
 2人の歌には旅があり、生と死がある。生と死に向き合うことによって生きてゆくための哲学が生まれる。自分はそういう歌を探しているのだと思う。
 時間のある方は、6月9日渋谷クラシックスでの鍵盤女ライブ(ゲスト:リクオ)に、ぜひ足を運んで下さい。

2009年5月23日土曜日

鍵盤女と鍵盤男

長野県松本市 あがたの森文化会館 2-8の教室
「鍵盤女の春『はじめてのおとこ』その2」
出演:【鍵盤女】中ムラサトコ(org,vo)+鈴木亜紀(pf,vo)
スペシャルゲスト:(はじめてのおとこ)●リクオ(pf,vo)
 中村さとこと鈴木亜紀の2人からなるユニット「鍵盤女」の松本、名古屋小ツアーにゲスト参加。ライブ当日亜紀ちゃん宅から3人で松本に向け車移動。
 道中、サトコちゃんと亜紀ちゃんはとにかく楽しそう。女子のおしゃべりって明るくていいなあ。自分にとって、ツアー暮らしは、日常のルーティーンにに なってしまっているところがあるのだけれど、鍵盤女2人からは非日常のときめきがとてもダイレクトに伝わってきて、こちらも新鮮な気持ちになれた。
 好天にも恵まれ絶好のツアー日和。信州に向かう道中の景色の素晴らしさが、より自分の気持ちを上げてくれた。まさに若葉、青葉の季節。緑が美しく、生命力に満ちている。
 この日のライブ会場、あがたの森文化会館は旧姓松本高等学校の遺講で、戦前の建物だそう。実に雰囲気のある場所で、鍵盤女によく合っていた。
 亜紀ちゃんはピアノ弾き語り、サトコちゃんは足踏みオルガンの弾き語り。2人ともほんとに貴重な才能だ。
 3人でのセッションでは久し振りにピアニカを吹いた。楽しかったなあ。
 松本を訪れれるのは多分4、5年振り。ライブを主催してくれたかっぺいさんはじめ何人もの人達が再会を喜んでくれたのが嬉しかったなあ。また戻ってこないとね。

2009年5月20日水曜日

ゆったり宮崎

宮崎 ウェザーキング
 宮崎市街は、他の街に比べて、車道も歩道もひろい。人の歩くスピードが遅くて、街全体がゆったりしてる。気候も温暖。この日は蒸し暑いくらいだった。「南国に来たなあ」と実感。
 宮崎に来るの何回目かなあ。初めて来たのはオリジナルラブのツアーだったなあ。懐かしいなあ。
 ウェザーキングとの付き合はもう13年になる。この店にあるヤマハのデジタルピアノとの付き合いも13年。近年のデジタルピアノの進化は著しく、13年 も前の機種だと物足りなく感じるものがほとんどだけれど、この機種は別。グランドピアノを小型にしたようなデザインで、1人ではとても運べない重量。鍵盤 は生ピアノの同じものを使っていて、つまみはボリュームとリバーブの2つのみ。
 つまり、たった1種類のピアノの音質とタッチレスポンスのみに特化されたデジタルピアノなのだ。この潔さと気合いがいい。とにかく弾きごたえがあるので、このピアノに再会するのがいつも楽しみ。これだけ思い入れのできるデジタルピアノも珍しい。
 宮崎ならでは、ウエザーキングならではのライブ。
 明日は久し振りに帰宅。

2009年5月19日火曜日

スイッチ切れる

ツアー8日目で、朝まで飲んだのに元気。ツアーズハイ状態。
 チェックアウトの後、温泉とサウナでたっぷりと汗を流してから、JRで宮崎へ移動。移動中、寝る事もなく、車窓の景色に見とれながらの3時間半。
 久し振りの完全休肝日。
 たまっていた仕事を、ホテルの部屋で一気にするつもりでいたのだが、晩飯を食べた後に急にスイッチが切れて、何も手に着かなくなくなってしまった。防御反応が働いたのだろう。仕方がない。

2009年5月18日月曜日

大分にて清志郎さんを想う

大分 カンタループ2
front act: AYAKO
 この日の移動は、去年まで小倉でレベナックというお店をやっていたナカジーが、大分まで自家用車で送ってくれる。ナカジーにとっては非日常の小旅行。好 天に恵まれ、絶好のドライブ日和。ナカジーの旅に出た開放感がこちらにも伝わって来て、楽しい移動になった。
 大分と言えば温泉である。市内のホテルでも温泉付きが当たり前。というわけで、会場入りする前に、宿泊先の温泉施設でしっかりと湯につかる。

 この日、オープニングでギターの弾き語りを聴かせてくれたAYAKOのステージには、心を動かされた。彼女の後の自分のステージが、パフォーマンスを控 えて、歌う事ばかりに集中する方向に行ったのは、少なからず彼女の演奏に影響されたせいだと思う。切なくなるくらいに彼女が歌う必然が伝わった。
 この日のライブを主催してくれたマチオ君はじめ、大分での知り合いは自分よりもずっと若くて、しかも酒飲みばかりが揃っている。だから、ライブだけでな く、打ち上げでも、まだまだ元気で割り切ることのできない彼らのエネルギーを多いに受け止めることになる。この日もそんな夜になった。

 ライブの後、客席でRCサクセションの曲をギター弾き語りで歌い出した若者(といっても30歳くらいかな)がいた。その場で、多くの人達が合唱しはじ め、自分も少し離れた所から口ずさんでそのその輪に加わった。自分よりもずっと下の世代が清志郎さんの曲を歌っているのが嬉しかった。
 その若者は打ち上げにも参加して、たまたま自分の隣に座ったので、言葉を交わし合った。シャイでナイーブ、行き場のない思いを持て余して、所在なさげで、途方に暮れている、そんな感じの若者だった。 
 多分、学生時代は不良でも優等生でもない、群れることもできない、そんな奴だったんじゃないだろうか。それはまさに10代の頃の自分でもある。
きっと、彼の思春期はまだ何も終わっていないのだろう。
 若者と清志郎さんの話もした。自分にとって清志郎さんの歌は、思春期の持て余した思いを肯定する、思春期をいつまでも断念しない、そんな歌だったように思う。若者と接して、自分はそんなことを思い出した。
 自分の中にも、彼の中にも、清志郎さんの中にも、そして清志郎さんの回りにいた人達の中にも、共通するメンタリティーがあるのだと思う。清志郎さんは、 そんなメンタリティーに共鳴したり、そういう人間の多くが持っている弱さにいらだったり、勇気づけようとしながら、音楽生活を全うしたのではないだろう か。
 清志郎さんのことを「優しい人」という言葉だけでは決してすませてたくはないけれど、自分も含めた多くの人達が、少数派のメンタリティーに対する清志郎さんの「優しさ」と「理解」にふれて、勇気づけられたことは間違いない。
 歌を聴き続けた後に実際に出会った清志郎さんは、やはりそのような「優しさ」と「理解」を充分に感じさせてくれる人だった。そのことを確認できて自分はさらに勇気づけられた。間違ってなかったと思った。
 ある時、清志郎さんは確かに自分にこう言ったのだ。
「リクオの歌を聴くとオレのことを歌ってくれているような気がするよ」
 それこそ自分がずっと清志郎さんに伝えたかった言葉だった。

 これは自分にとって、最高の自慢話です。

2009年5月17日日曜日

飲んじゃった。

小倉 GALLERY SOAP
 この日のライブ会場のGALLERY SOAPにはプロジェクターが設備されていたので、開演前と終演後に自分が撮りためていた旅の写真を流し続ける。この試みは、もっと各地でやってみたいなあ。
 昨日あたりから体調が上向き。ツアーの途中から調子がよくなるのは、よくある傾向で、多分ツアーの間にドーパミンだかの脳内麻薬分泌量が増えてゆくせい じゃないかという気がする。だから実は疲れはたまり続けていて、そのしわ寄せがどこかで一気にきたりする。調子に乗りすぎないことだ。わかってたつもりな んだが。
 最近、ライブ中のお酒は極力控えるようにしているのだけれど(正確にはアンコールまで)、この日はライブ前に知り合いとお客さんからそれぞれ、日本酒と 焼酎の差し入れがあり、しかも「よければライブ中に飲んで下さい」との1文まで添えられているもんだから、そりゃね~、そこまで言われたらね~。
 実に楽しいほろ酔いライブだった。
 松井くん、宮川さん、カズ君、ありがと。またね。

2009年5月16日土曜日

湯田温泉で婚姻届の証人になる

山口市 月光荘
 山口に来たのは、久し振り。6、7年振りかなあ。
 この日のライブ会場、月光荘で演奏させてもらうのは今回が初めて。昨年年末、山口洋との九州ツアーで小倉を訪れたときの打ち上げで、月光荘マスターのTくんに出会ったことがきっかけで、今回のライブが実現した。
 ライブの1週間程前に、Tくんからメールが届いた。「実は年末の小倉ライブを一緒に観に行った女性と、その日をきっかけに付き合い始めるようになり、16日のライブの日に入籍することを決めた」との内容。わお!素晴らしいじゃないですが。
 話はここで終わらず、なんとオレに「婚姻届の証人になってほしい」と言うのだ。いや~、オレでいいんすか?って感じで恐縮した気持ちもあったけれど、め でたい話なので、快く了解させてもらい、ライブ当日のリハーサル後、婚姻届に判を押させてもらった。ちょっと、緊張したなあ。伴侶となったMさんは笑顔の 素敵な明るい女性で、2人は本当に幸せそうだった。
 この日のライブには月光荘の常連さん、新郎新婦の仲間が多く集まって、会場は終始暖かい祝福ムードに包まれていた。自分も2人から幸せのおすそわけをしてもらったような気分。
 打ち上げも月光荘で行われ、新郎新婦による心のこもった料理をごちそうになった。どれも美味しくて、胃にもたれない体に優しい料理ばかり。ツアー中にこういう料理をいただけるのはありがたいなあ。
 末永くお幸せに。

2009年5月14日木曜日

博多で弾ける!

福岡 VOODOO LOUNGE
出演:ジョン・B・チョッパー(ウルフルズ)&伊東ミキオ
ゲスト:リクオ(p.vo)/DOC HOLiDAY AND APACHE TRAiN
 VOODOO LOUNGEで演奏するのは始めて。猥雑で不良のニオイのするライブハウスらしいライブハウスだった。店長の小屋敷くんとは一昨年のミキオ君と2人での九州ツアーで出会った。
 大分、福岡と2日間に渡って一緒に打ち上げでばか騒ぎした仲である。オールバックで腕にタトゥーという強面だけれど、義理堅くてホント気持ちいいハートをもった奴。
 この日は小屋敷君も参加する地元バンド、DOC HOLiDAY AND APACHE TRAiNがオープニングで演奏してくれた。笑いの要素を含んだエンターテインメント色の強いパフォーマンスで客席を多いに暖めてくれた。
 ミキオ君はライブのホスト役を買って出て、イベント全体を仕切ってくれた。彼がそういう役回りを受け持ってくれたことが嬉しかった。自分を主張するだけ でなく、1歩引いてみたり、俯瞰したりして、その日のライブ空間全体をコーディネイトしてゆく、そういう姿勢が結局は自分を生かすことにもなる。
 ミキオくんの仕切りで、ステージで自由に弾けさせてもらった。
 アンコールで出演者全員が集まってのセッションは、とてもいい演奏だった。コーラスが気持ちよかったなあ。

2009年5月13日水曜日

長崎出島でウルフルズのジョン・Bと久々共演!

長崎 ベイサイドバーR-10
出演:ジョン・B・チョッパー(ウルフルズ)&伊東ミキオ/ゲスト:リクオ(p.vo)
 広島も晴れて暖かかったけれど、長崎は日差しが違った。強い日差しに彩られた街の景色を観て、九州に来たんだなと実感。
 会場のベイサイドバーR-10 は、長崎港出島ワーフの一角にある海沿いのカフェ。店のガラス戸を開放して、デッキの部分にも客席を設けてのライブは、この時期ならでは。港の夜景を眺め、夜風を感じながらライブを楽しめるなんて、最高だ。
 ジョン・Bとの共演は実に14年ぶり。嬉しい再会である。ウルフルズとは、今から20年程前、まだお互いアマチュアだった頃に、大阪のライブハウス、 ファンダンゴでほぼ同時期にレギュラーで出演していた仲。ジョン・Bは当時からマイペースな感じだったけれど、さらに自然体に磨きがかかってきたようだ。 その佇まい、人間力がステージにもちゃんと反映されていた。
 ミッキーは発売されたばかりの彼のソロアルバムに、自分の書き下ろした楽曲を収録してくれた。これがいい出来なのだ。アルバムは彼のポップセンスが今までになく、発揮された内容になった。ロックンロールって元々ポップな要素を充分に含んだ音楽なのだ。
 ジョン・B、ミッキー、ライブを企画してくれたPower Rudder Officeの力野くん、R-10の工藤くん等色んな人達が一つのライブで繋がって行く現場にいられるのは嬉しい。
 気持ちよく弾けた。

2009年5月12日火曜日

広島で梅津さんと共演

広島 オリエンタルホテル広島3F「天使のチャペル」
【出演】梅津和時(sax.cl.bcl) 【ゲスト】リクオ
 デビュー当時の自分のプロデューサーである梅津和時さんのライブにゲスト出演させてもらう。梅津さんとは先月京都の磔磔で10数年振りの共演を果たした ばかり。若い頃にホントにお世話になって、色々とアドヴァイスも受けたので、自分にとってはこの世界の親のような存在という意識がある。
 リハーサルの時にある曲で、梅津さんのサックスの演奏を聴いていたら、思いがけず感情の波が襲って来て、自分でもびっくりした。それくらいに梅津さんの演奏が琴線にふれたのだ。本番で冷静に演奏できるかどうか心配になった。
 この日は2人だけということもあって、磔磔のときよりもじっくりとセッションさせてもらえた。いい会話をさせてもらったと思う。心配事も杞憂に終わった。
 打ち上げで、梅津さんとたくさん話がしたかったので、お疲れだったのにもかかわらず、ずいぶん遅く迄付き合わせてしまった。自分はちょっと酔いすぎた。
 梅津さんの「また演りましょう」という言葉が嬉しかった。

2009年5月10日日曜日

入間SO-SOにて

埼玉県 入間市 MUSIC CAFE SO-SO
「OTTON DAY VOL.03」
【ライブ出演】リクオ/笹倉慎介
DJ:リクオ/OTTON etc
 東京で朝方までミックス作業をして、数時間の睡眠で入間へ向かう。
 快晴で、日中は蒸し暑しくらいに気温が上昇した。
 この日のライブ会場のSO-SOは元米軍ハウス街の一角にあるカフェ。SO-SOも含め、この辺りは実にゆるくて心地よい空気が流れている。店の回りを散歩して、近くの公園のベンチに座ってぼんやりと過ごすだけで、満たされた気分。
 この日はPAエンジニアの松ちゃん、白石にあるカフェ、ミルトンのママ、「セツナウタ」のジャケット写真を撮ってくれたカメラマンの和田ちゃん等が遠方 からSO-SOまで遊びに来てくれる。SO-SOは地元の人達の社交場である同時に、各地からも人を吸い寄せる魅了的な場所だ。
 この日の共演者の慎ちゃんは、SO-SOから歩いて1分程の距離に住む若くて才能のあるシンガーソングライター。夕暮れ時、お店の裏口前のベンチに座っ て、気の許せる人達とビールを飲んだりしながら、彼と彼のバンドの演奏を聴く。このシチュエーションにぴったりとあてはまるような音楽だった。慎ちゃんの 音楽がこの街で育まれていることがよくわかった。
 宴は深夜まで続いた。

2009年5月9日土曜日

雨上がりの空にー青山ロックンロールショウ

清志郎さんの訃報を知ってから数日間は、正直、葬儀に行きたくない気持ちの方が強かった。でもやはり参加しないわけにはいかなかった。
 当日は前日までの雨が嘘のようによく晴れた。気温はどんどん上昇して、お昼頃には初夏を思わせるような暑さになった。関係者、ファンの人達を含め、青山葬儀場には午前中からすごくたくさんの人達が集まっていた。
 館内に入ってすぐに、清志郎さんの笑顔の遺影が目に入った。冗談みたいだと思った。けれど遺影の前に置かれた遺骨の存在は、冗談にしては行き過ぎだった。
 館内には清志郎さんの歌声ががんがん流れていた。清志郎さんの曲を一度にこんなにたくさん聴いたのは久し振りだった。知らない曲は1曲もなかった。
 三宅さん、梅津さん、片山さんら清志郎さんと旧知のバンドメンバーが景気のよい演奏を始めて、「青山ロックンロールショウ」と名付けられた型破りな葬儀 が始まった。多分その場にいた多くの人達と同じように、自分も思いを振り切るようにその演奏に拍手と声援を送った。けれど、多分その場にいた多くの人達と 同じように、盛り上げようとすればする程、喪失感の方が大きくなってゆくのだった。
 自分が感傷に溺れるのは違う気がしていたので、葬儀の間泣いたりすることはなかった。
 葬儀場を出て、関係者の人達とも別れた後、清志郎さんの歌を口ずさみながら歩いた。自然に清志郎さんの真似をして歌っている自分に気がついた。結構似ているじゃないかと思った。
 なんとも言えない気持ちになった。

2009年5月6日水曜日

ゴールデンウイークは地元ライブでしめ。

神奈川県藤沢市 太陽ぬ荘(てぃーだぬそう)スタジオロビー
ゲスト:eli(vo)ex:ラブ.タンバリンズ
 藤沢市のライブ情報を束ねる「Swing Swang Swingin」の企画で、2日間続けて藤沢市内でライブをやる。
 ゴールデンウイーク中はずっとツアーで各地を回っていたのだが、最後の2日間を地元ライブでしめるといのは、なんか嬉しい。
 前日は自分がよく飲みに行くミュージックバー、サウサリートでのライブだった。
 サウサでのライブはカヴァー曲をたくさんやりたくなる。この日も普段はめったにやらないカヴァー曲を色々と演奏した。洋楽のカヴァー曲「CRAZY LOVE」や「I SHALL BE RELEASED」を演奏してサビで合唱が起こる店はサウサリートくらいだろう。
 この日のライブ会場の太陽ぬ荘(てぃーだぬそう)スタジオは時々自分もリハーサルで使わせてもらっている。受け付けのあるロビーはライブイベントにも充分使える広さ。アルコールもオーダーできるから、結構出来上がってるお客さもいた。
 ライブは前日のサウサの盛り上がりがそのまま続いているような乗りだった。今年に入ってから藤沢では月1回くらいのペースでライブをやっているので、リ ピーターのお客さんも多く、すっかり地元ライブの趣。湘南に引っ越して丁度1年。ローカルミュージシャンとして、この街から発信してゆく準備が徐々に整っ てきたように思う。
 ゲストで4曲歌ってくれたeliちゃんと会うのは、実はこの日がまだ2回目。3月のサウサでのライブに彼女が遊びに来て、1曲飛び入りしてくれたことが きっかけで、この日のゲストで来てもらうことになった。なんだかずっと前から知り合いのような気分で彼女と話していると、「親戚のおじさんと話してるみた い」と言われた。
 パフォーマーには、オフステージからの自然体の流れでステージに上がる人もいれば、ある踏ん切り、決意を持ってからステージに向かう人もいる。eli ちゃんの場合は後者だろう。何かを振り切るようにエキセントリックに歌いパフォーマンスする彼女に、力強さと背中合わせのような危うさ、ひりひりとしたリ アリティーを感じた。原田真二の「OUR SONG」を一緒にセッションできたことが特に嬉しかった。
 アンコールの曲はこの日も感謝の想いを込めて歌った。

2009年5月4日月曜日

死ぬまで生きよう。

祝春一番(5/3~6開催)
【場所】大阪 服部緑地野外音楽堂
【出演】リクオwith寺岡信芳(ベース)、朝倉真司(パーカッション)/lost in tme/中川イサト/中川五郎/金子マリ/豊田勇造/暁照夫/ペーソス他
 大阪名物の野外イベント「祝春一番」に今年も参加させてもらう。
 自分の出番の前に急遽、書道家の俵越山さんのステージにも参加させてもらうことになる。関西の人にとっては、越前屋俵太といった方が通りがいいだろう。
 俵さんは5年前に芸能活動から退き、山にこもり修行して、書道家に転身されたそう。実は俵さんは自分が通っていた大学の先輩なのだ。
 自分の演奏が始まってほどなくして、俵さんは大きな声で気合いを入れるやいなや、客席後方までのびた紙の上に一気に筆を走らせ駆け上がって行った。
 自分は俵さんのパフォーマンスの内容をよく知らないままステージに上がっていたので、ピアノを弾きながらその様子を見て、ちょっとあっけにとられた。なんやようわからんけど、実にエネルギッシュなパフォーマンス、「書動」だった。

 野外ステージでのトリオ演奏は実に気持ちがよかった。寺さん、朝ちゃんとの息はバッチリで、ドライブ感のあるグルーヴに気持ちよく身をゆだねた。
 ステージ最後の曲は、ソロで、清志郎さんと17年前に共作した「胸が痛いよ」を歌った。悲しさよりも感謝の想いを込めた。

 自分のステージの後は、主に客席後方で、色んな知り合いと挨拶を交わしながら、飲みながら、ステージの演奏を楽しませてもらった。
 昭和期に活躍した浪曲漫才トリオ元宮川左近ショウの1人であった暁照夫さんのステージは圧巻だった。現役バリバリの72歳。声も三味線も枯れたところなどみじんも感じさせない、実にアグレッシブ、芸人魂が炸裂した最高のパフォーマンスだった。
 生涯現役。死ぬまで生きよう。

2009年5月2日土曜日

夜中に訃報を知る

金沢 もっきりや
 ライブ中、エネルギーに満ちている自分をはっきりと実感できた。
 もっきりやにあるベーゼンドルファーのグランドピアノは自分のプレイに実によくこたえてくれた。声もよく響いた。もっきりやという空間が、音を響かせる 楽器のように感じた。お客さんとマスターの平賀さんのリアクションは自分を増々その気にさせた。何も不安がなかった。受け入れて循環させて楽しめばよかっ た。
 ライブの後も気分がよかった。

 清志郎さんの訃報を知ったのは打ち上げの際中だった。
 その後もしばらく飲み続けた。清志郎さんの話はほとんどしなかった。
 ホテルに戻ってからは、YouTubeでRCサクセションや清志郎さんのライブ映像をいくつか見て、パソコンを閉じた。すぐには寝付けなかった。

2009年5月1日金曜日

アナザホリデーでリラックス

富山 アナザホリデー
 前日に富山入りしていたので、日中はゆっくりと温泉につかってから会場入り。
 この日は快晴のお陰で北アルプス立山連峰がよく見えた。市街の背景にあんまりにもくっきりと連峰がうつし出されているので、かえってリアリティーがなく不思議な感じ。CGみたい。
 アナザホリデーを訪れた際はいつも自転車を借りて、富山港の夕陽を撮影しにゆくのが恒例になっている。自分はいつからか夕陽を眺めるのが好きになって、ツアー先で各地の夕陽をよく写真におさめているのだ。
 この日の夕陽は、独り占めするのがもったいなく思える程格別な美しさだった。
 新緑の季節と重なるゴールデンウィークという期間はやはり人を浮かれた気分にさせるようで、それがライブの乗りにも影響を与えていたように思う。連休ってやっぱりいいね。会場は心地よい開放感に満ちていた。

 この日の打ち上げは久し振りにプロレス談義で盛り上がった。最近はプロレスの話ができる人がめっきり少なくなってしまった。かくいう自分も何年も前からプロレス会場に足を運ぶことがほとんどなくなってしまったけれど。
 もう学校でプロレスごっこをすることなんてないんだろうな。30代以下で、コブラツイストとか足四の字固めをかけられる人は少数かもなあ。ヘッドロッ クって地味な技だけど、かけられたら痛かったなあ。「ギブ!!」なんて言葉も20代以下にとっては死語かもしれない。

 アナザホリデーの時間の流れは心地よい。ここでの打ち上げは、バカ騒ぎはせず、気心の知れた人達と、美味しい料理を味わいながら、なごやかにゆっくりと会話を楽しむ感じ。とてもリラックスさせてもらえる場所だ。