らもさんの死を思い出すと、胸が締め付けられる。
今年の5月に、ライブ・イベント春一番でらもさんと一緒になり、始めて話す機会があった。らもさんはその日のオレのステージも観てくれていたらしい。ラ
イブの後は会えなかったので、感想は聞けなかったけれど、この日が出会いのきっかけになればいいのにと、勝手に思っていた。
特にらもさんの書く文章が好きだった。「笑い」という強力な武器を持って、身に起こるすべてをネタにしてしまうことのできる人だった。1ファンとしては、もっと長生きしてほしかったけれど、笑って見送るのが、らもさんの希望である。
僕はなんとか立ち直ろうとする。なぜなら今は朝だからだ。
僕は馬鹿だ。だが、一度たりとも悲惨だったことはない。
―中島らもー
今日は穏やかでない気持ちで、ステージに立った。らもさんの死にも影響されていたかもしれない。ステージ上から、「愛」だとか、「恋」だとか、「明日」
だとか、「夢」だとか、「自由」だとか、「友達」だとか、「故郷」だとか、さまざまな言葉の意味や、常識に疑問を投げかけ続けた。「欲望」や「本音」や
「割り切れない思い」に向き合うことが、自分の表現の原点だということを再確認した。
かなり毒の強いライブになった。ライブの後、馴染みのお客さんから今まで観たリクオのステージの中で、一番緊張したと言われた。
★ 串本の橋杭岩にて撮影。
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