2015年9月1日火曜日

「日常」の延長にある抗議ー8.30国会前抗議集会に参加して

8月30日(日)は、ツアー先の札幌から帰宅する前に、羽田空港から国会議事堂前に向かった。「戦争法案」と呼ばれる「安全保障関連法案」に反対するデモ集会に参加するためだ。この法案に反対するために国会前に足を運ぶのは今回が3度目になる。
以前のブログにも書いたけれど、今回のデモ集会に参加するにあたっても、法案への反対意思を示すことはもちろんだけれど、歴史的な現場に立ち会いたい、2次、3次情報ではなく、この目で状況を確かめたいという思いが強かった。だから、現場のただ中に身を置く一方で、少し俯瞰したスタンスで現場を見ようという気持ちも働いた。

自分が桜田門駅に到着したのは午後3時前で、集会の開始から既に2時間近くが経過していた。駅構内は、集会に向かう人達と、そこから戻ってくる人達が交差する形でにぎわっていた。どちらかと言えば、国会前から戻ってくる人の数の方が多く、その中の多数は60代以上と思われる高齢者が占めていた。高齢の人達にとって、長時間の集会への参加は、体力的に厳しく、早めにリタイアする人が多くなったのだろうと想像した。

桜田門駅の地下からの階段を上り、自分が国会前に到着した頃には、正門前車道は既に開放された後で、すごい人の数で埋まっていた。壮観だった。小雨の降り続く中、方々でシュプレヒコールや打楽器、管楽器の音などが鳴り響き、ある種のカオス状態が生まれていた。
車道が開放されたことによって得られる開放感は想像以上だった。今まで参加したデモ集会の中で、一番気持ちが明るくワクワクした。
Photo by Rikuo

Photo by Rikuo



正門前車道の後方は、前方に比べると人の密集度が低く、個人参加、あるいは小グループ参加による人達が、それぞれに思い思いのアピールをしているのが印象に残った。方々でそれぞれが勝手にアピールする様は、かつての渋谷ホコ天を思い起こさせた。
Photo by Rikuo

Photo by Rikuo


団体行動の苦手な自分が、これまでよりは違和感少なく集会に参加できたのは、こういった解放的で自由な空気、ある種の「ゆるさ」が現場に混在していたからだと思う。メディアに取り上げられることの少ない集会の前線からはずれた場所の空気感にもスポットが当たれば、デモや集会に対するイメージは、また変わる気がする。

今年の7月以降、国会前の集会に2度参加して、この集会の規模で参加者を歩道に押しとどめておくことには、限界が近づいていることを実感していた。警察の厳しい警備の中、歩道に押し込められての抗議は、緊迫感が強く、息がつまる思いがしたし、危険も感じた。
この日の現場に向かう前は、警察の制止を振り切って、車道が決壊し、国会前に人が押し寄せた場合に、暴徒化や事故が起きることを危惧していたのだけれど、それは杞憂だった。
考えてみれば、’12年以降、自分が今まで参加してきたデモ集会で、参加者が暴徒化したり事故が起きたことは一度もなかった。これは主催者側の努力の積み重ねと、デモ集会への参加者と主催者側が「暴力には訴えない」という意識を共有したことによる成果なのだろう。
Photo by Rikuo

正門前の車道を前方に進み、参加者の密集度が高まるにつれ、場の空気が引き締まってゆくのを感じた。やはり、前方の盛り上がりは、後方にはない緊張感を含んでいた。密集した人の圧力に危険を感じることもあった。ただ、今回のデモ集会には「逃げ場」が存在した。前線にいて息がつまれば、一旦後方に下がることも可能だった。

Photo by Rikuo

前方では、野党党首や宗教家、作家、弁護士、ミュージシャンら、さまざまなジャンル、業種の人達がスピーチを繰り広げていた。そのすべてを聞くことはできなかったけれど、自分が聞いた中では、特にSEALDsら若者達による瑞々しいスピーチが素直に心に響いた。彼らの名古屋弁や熊本弁によるシュプレヒコールもよかった。
集会の中で、口汚い言葉やコールが聞こえてるくると、やはり少し心が痛んだ。「ナイーブ」だと言われようとも、こういう感性を、どんな状況でも維持し続けたいと思う。現場にいて、もっと自分が参加したくなるようなシュプレヒコールがあればいいのになとは思った。

集会に参加している間は、1つの場所にばかり留まらず、なるべく歩き回って多くを見るよう心掛けた。メディアは国会正門前の様子ばかりを報道していたけれど、集会に集まった人達は国会議事堂回りの広範囲に渡っていた。
自分も集会の全体を把握できたわけではない。集会を後にしてから、ネットやテレビのニュースなどで集会の情報を補い、それによって初めて知ることも多かった。国会正門前の歩道が決壊した瞬間も後でYouTubeで確認したし、坂本龍一さんがスピーチしたことも、高校生達が「ケサラ」を歌っていたことも、現場では確認できず、後で知った。
この長時間の開催の中で、集会の最初から最後まで参加していたのは、全体の中のごく限られた一部だろう。どの時間帯に、どの場所に居合わせたかによって、この日の集会に対するイメージは、それぞれに違いが生じると思う。自分がそこで見た光景が集会全体のすべてとは言えない。
そもそも、このデモ集会を統一したイメージで語ることには無理があるように感じられる。そして、恐らくその統一感のなさが、自分の「居やすさ」につながった。

この日の集会の参加者数は警察発表が3万人強で、主催発表は12万人だった。いつものことだが、その数字には大きな開きがある。そんな中、産経新聞が参加者数を試算し、国会正門前は多くても3万2千人程度と記事にしていたけれど、http://www.sankei.com/politics/news/150831/plt1508310051-n1.html実際に国会前に足を運び、その集会の広範囲を確認した人なら、この試算の間違いをすぐに指摘できるだろう。
産経新聞はデモ集会の参加者を国会正門前の一部分に限定して試算しているけれど、実際の参加者は国会回りのもっと広範囲に渡っている。しかも時間帯によってかなり参加者が入れ替わっているにもかかわらず、この試算は入れ替わりの人数が加算されていない。となると、実際の参加者数は産経新聞の試算を遥かに上回ることになる。この動画を見てもらえば、集会の規模と範囲の広さが伝わるかと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=6ohr-TAI14M#t=10  多分、実際の正確な数字は誰も把握できていないのだろうと思う。


参加者の1人の実感として、間違いなく言えることは、この集会には一括りにできない多様な人達が参加していたということだ。現場の熱気と開放感は、自分の意志で足を運んだ一般参加者の存在によるところも大きいと思う。
さまざまな団体が動員をかけていたことも確かだろうけれど、集会を主催するSEALDsが大切に考えたのは、あくまでも個人の集まりであり、そういった姿勢と法案に反対する民意が結びつくことで、党派性に縛られない多数の一般参加者が呼び込まれたのだと思う。
SEALDsの若者達がスピーチをする近くで創価学会の三色旗が掲げられる光景に立ち会うなんて、ほんの少し前まで想像することができなかった。
家族連れの姿も多く見られ、多くの人達が日常の暮らしの延長という意識で抗議集会に足を運んでいる印象を受けた。デモ集会の形も変化しているのだ。

デモ集会を企画するSEALDsの奥田愛基さんはインタビューの中で「日常って感覚は、とても大事。おしゃれを気にしながら国会前に行ったっていい。ディズニーランドも行って、海も行って、国会前にも行けばいい。日常がある上で抗議すべきときは抗議するってことに意味があるんです。」と語っている。http://www.huffingtonpost.jp/2015/08/24/sealds-okuda-interview_n_8030550.html
これらの言葉はとても重要だ。「『日常』の延長にある抗議」という姿勢は、SEALDsの新しさの1つだろう。「生活を美しくする」ことの1つに、デモや集会に参加するという行為が存在する。そういうイメージを自分も持ち続けたいと思う。
若者達の感性が、大人達の党派性や敵対関係、イデオロギーにとらえられ、巻き込まれることなく、「日常」と手を取り合いながら、しなやかに育くまれてゆくことを願う。

この日は国会前だけでなく全国300ヶ所以上で安保法案に反対するデモ集会が行われたそうだ。民主主義の世の中では、誰もが「政治」や「社会」に対して疑問の声をあげ、行動することができる。そんな当たり前を確認する1日でもあった気がする。
こういった行動が、「日常」から離れて先鋭化することなく、当たり前の行動の1つとして幅広くひろがってゆくことを願いながら、自分のできることを考えてゆこうと思う。
ー2015年9月1日(火)

0 件のコメント:

コメントを投稿